派遣会社に登録しているが、職場では、障害がネックになることも少なくない。最近、派遣された倉庫作業では、フォークリフトの走行音などが耳障りで、仕事にならなかったという。特定の音やにおい、光に敏感、もしくは鈍感であることも、自閉症スペクトラム障害の特徴のひとつだ。
また、「抽象的な指示がわからない。質問するタイミングがわからない」と言い、現場で途方に暮れることも。フミヒコさんは多くを語らないが、こうしたことがきっかけで、派遣元や派遣先社員との人間関係に、つまずくことがあったのかもしれない。
フミヒコさんは「(両親に)自活できるところを見せたかった」という。ただ、現在、安定した収入はほとんどなく、生活費が足りなくなると、両親が振り込んでくれる状態だ。
故郷に戻ったほうが、経済的な負担は少ないようにも見えるが、フミヒコさんは、しだいに実家に帰ることが苦痛になりつつある、と打ち明ける。理由は「変化」だという。話の続きをうながすと、「仲のよかったいとこが結婚した。小さい頃から自分のことを知ってる親戚なら問題ない。でも、その配偶者とか、子どもとか……。多分、うまく付き合えない」と話す。
自分だけが「変化」から取り残されていく
濃密な親戚付き合いの中で、幼い頃から自分を受け入れてくれた人々には「変化」が訪れる。でも、きっと自分はその「変化」にはなじめない。そして、自分だけが「変化」から取り残されていく――。
将来について尋ねると、「自分には普通の生き方はできない」という。続いて、ユーチューバーや有名声優、お笑い芸人などの名前を出してきたので、何かしら芸事の世界で自立できないかと考えているのだろう。声優養成学校に通っているのも、アニメや声優にあこがれてというよりは、いわゆる会社員といった選択は難しいと覚悟している、フミヒコさんなりの試行錯誤にも見えた。
とりとめのないように思える話の中で、ふいに「60過ぎの親に養われて……」「(役所を定年退職後に再就職した)父親は60歳過ぎでも必要とされているのに……」「親も疲れてきている。疲れた人から死亡する、破綻する」などと言ったりする。
20歳を過ぎても、自活できない自分をふがいなく思っていること、両親に感謝し、同時に申し訳なく感じていること――。独特の表現ではあるが、フミヒコさんの不安や焦りがうかがえた。
フミヒコさんに話を聞いたのは、オープンキッチンのあるカフェレストランの禁煙席。取材中、突然、彼が「においが……」と言って立ち上がった。そう言われ、私も初めて煙草のにおいが漂ってきていることに気が付いた。見渡してみると、すぐ横にある窓ガラス越しのテラスが喫煙スペースになっていた。
とはいえ、嗅覚は相当に敏感なほうの私が、かろうじて感じとれる程度のにおいだ。しかし、フミヒコさんはいてもたってもいられない様子で、別の席に移ろうとする。私は急いで店員に事情を説明し、奥の席へと移動した。
ふり返ってみると、店に入ったときは昼時で、店内はほぼ満席だった。もしかしてと思い、“音”は気になりましたか?と聞いてみた。案の定、「皿を洗う音とか、赤ん坊の泣き声とか、黙らせたいと思ってた」という。フミヒコさんは最後まで、大きなサングラスを外すこともなかった。
フミヒコさんの五感を通して見える“世界”。それは私が感じる世界と、どれほど違うのだろう。埋めがたい隔たりと、彼の生きづらさを思った。
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