司法試験勉強から引きこもった34歳のリアル ある日、警察官と保健所がやってきた
ひきこもりを招くベースには、家族関係を含む人間関係の問題、学校や職場でのいじめやハラスメントなどの環境の悪さがある。そこで何かきっかけがあれば人はひきこもってしまうものなのだという。
「親は、ひきこもらない子を育てられなかった自分を責めますが、それは意味がありません。その後、どう適切に対処するか、これからどう前を向いていくかが大事なんです」
ひきこもりの人は発達障害が多いとも言われているが、斎藤さんはそれも否定する。「ひきこもっている状態のときは発達障害、パーソナリティー障害だと思われることもありますが、そういう安易な診断はレッテル貼りにつながりかねないと危惧(きぐ)しています」
当事者である木村さんすら、自分が当事者だと気づけなかった。そしてひきこもりだと斎藤さんに言われて「バカにされている」と感じていたのだ。彼自身にも偏見があった。だからこそ、世間の認識もわかるし当事者の気持ちもわかる。そんな自分が声を上げなければと思ったのだろう。
「当事者や親の会などとつながりをもってみて思ったんですが、当事者だけではないし、親たちも孤立しているんです。親の会に出席するのも勇気が必要なんだと思う。親の会に関われば、元当事者ともつながりができて、自分の子の気持ちにも少しは気づけるはずなんです。僕自身、本当は親子できちんと対話をしなければダメだと思っています。だから『ひきこもり新聞』は、当事者と親と支援者、それぞれの立場から記事を作っているんです」
親子の理想にはズレがある
木村さんがひきこもりから脱出したことで、自宅には母親が戻ってきて生活をともにしているが、父とは今も別居状態。母はすでに息子といえども人を支配することはできないと気づいたようだ。だが父はいまだに「今だったら日本郵便に就職できるんじゃないか」と言ったりするという。
「世間体を考えて、大きなところに就職してほしいんでしょう。父も僕も先祖から引き継いだ土地を所有していて、経済的な不安はないんですが、父は僕が“普通の人”と違う生き方をしているのが恥ずかしいと思っているようです」
父は自身の価値観から脱却できずにいるのだろうが、子どもに押しつけるものではないはず。親子の価値観は違って当然なのだから、それを認め合うしかないのだが。
前出の斎藤さんが興味深い事例を教えてくれた。
「家族関係がいい家庭の30代の息子が5年以上ひきこもっていたんです。家では彼が毎日、夕飯を作っていた。仕事をしない以外は問題なかった。そんな彼がある日、母親の紹介で急に働き始めたんです。私も驚きました。家族関係が良好なら、お膳立てさえすれば働き始める人はいる。彼はずっと仕事を続けています」