巨大組織を破滅に導く「ほんのささいな」忖度 上司に「鼻毛、出てますよ」と言えますか?

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脱線事故後、井手は誰もやりたがらない事故処理役の社長に山崎正夫を指名する。多くの公共・インフラ系の企業がそうであるように、人事など管理部門が出世コースの中にあって、山崎は技術畑出身であった。いわば異端だ。そんな山崎は、くだんの事故を組織運営の結果としてとらえ、再発防止のために動く。それどころか井手こそが事故を生んだ体質の元凶とみなし、追放してしまう。自らを社長にしてくれた者には恩義を感じるものだろうが、山崎には遠慮がなかった。

やがてJR西日本は、「ヒューマンエラーは非懲罰とする」との方針に至る。ミスを報告すると罰せられるのであれば、隠すようになる。すると事例が集まらず、組織としての対策もできないからだ。『巨大システム 失敗の本質』の目線でみると、言い出しにくい空気を変えることで、鉄道の運行という複雑性に対応したといえよう。

上司に「鼻毛、出てますよ」と言えない組織は危ない

こんな事例もある。アメリカ当局が1978年から1990年の間に起きた航空機事故を調べると、パイロットの過失による重大事故の実に4分の3近くは、機長が操縦しているときに起きていると判明する。つまり経験の浅い副操縦士よりも機長のほうが過失事故を起こしていたのである。

それはなぜか。『巨大システム 失敗の本質』は「機長が操縦を担当しているとき、副操縦士は異議を唱えづらく」「副操縦士は機長の不適切な決定に反論しない」からだと指摘する。

上司に「鼻毛、出てますよ」と言えるか……みたいな話であるが、この程度のことが重大な事故が起きる起きないを左右する。航空機のような現代テクノロジーそのものの事故においてさえ、である。いや、『巨大システム 失敗の本質』によれば、そうしたものだからこそ、なのである。結局は人間関係に行き着くのだ。

urbansea ノンフィクション愛好家

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あーばんしー

1973年生まれ。ノンフィクション愛好家。都内在住の会社員。文春オンラインなどに寄稿している。

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