神田明神が目指す「らしくない」神社の姿 神道再興に向け、新施設「EDOCCO」が担う役割

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そんな中、2013年9月に東京五輪の開催が決定。全世界から観光客が訪れる五輪は、日本文化を広めるチャンス。創建1300年を待たずして、記念事業を行うことにした。境内の隅に建つ立体駐車場兼屋上庭園の敷地を利用し、新たな施設の開発計画が進んでいった。宿坊のような体験型ホテルなど、さまざまな計画が飛び交った。

EDOCCOのアイデアは唐突に湧き上がった。ある日、宮司が埼玉県内にある高速道路のパーキングエリアに立ち寄ったときのこと。そこは江戸の街並みや庶民の暮らしを史実に基づき再現した場所だった。

埼玉県で江戸が再現できて、本家本元の東京にできないわけがない。EDOCCOの設計・デザインを手がけた乃村工藝社の坂爪研一氏は、「(埼玉県で)江戸のにぎわいが作れるなら、それを江戸の中心で作れないか」という相談を受けたと振り返る。

EDOCCOとは「EDO Culture COmplex」の略。江戸のにぎわいと称しつつも、江戸の風景をただ再現するのではなく、現代との調和を模索した。江戸時代の頃の神社は、庶民にとって今よりも親しみやすいものだったといい、参拝客だけでなくビジネスマンから外国人観光客まで、気軽に立ち寄れる施設を目指した。EDOCCOへは隨神門をくぐることなく、直接建物の中に入ることができる。

冒頭のキャッシュレス決済は外国人観光客をにらみ、イベントホールも神事や冠婚葬祭向けといった枠をはめず、自由に利用してもらうことを意識した。かつて神田明神の境内には茶屋があり、参拝客の憩いの場となっていた。EDOCCOはそうした交流拠点を現代風にアレンジしたものといえる。

革新なくして伝統なし

文化交流そのものを体現したEDOCCOだが、建設の経緯には神社界が抱える悩みも垣間見える。文部科学省の統計では、全国の神社数は横ばいを維持しているものの、信者数は各宗教団体の自主申告とはいえ減少の一途をたどる。

神田明神の大鳥居信史宮司(撮影:尾形文繁)

「神社は全国に8万社以上あるが、地方では神社を守る人がいなくなっている。これからは神職の立場で生活することが難しくなるだろう。この点、神田明神を含めた都会の神社は恵まれている。ほかの神社ではやりたくてもできない伝統文化の発信を、代わりにやることがわれわれの役割だ」(大鳥居宮司)。

コンセプトに掲げた伝統と革新も、神社の存在意義と結び付いている。「革新があってこそ伝統がある。1000年前の伝統がそのままであっては、いつしか伝統は消えうせてしまう。新しいものを取り込むことで、次の伝統へとつながる。革新的なものを捨てることが、必ずしも望ましいこととは思っていない」と大鳥居宮司は言う。

秋葉原電気街やプロ野球の球団を氏子に持つ神田明神は、これまでもアニメや野球とのコラボレーションなど、先駆的な取り組みを行っている。一見すると神社とは縁遠いサブカルチャーも、100年後には同じ伝統になる。それを神道に興味を抱くきっかけにしていこうという狙いがある。

参拝客が時代に合わせて変わりゆく中、神社も昔のままではい続けられない。神田明神が打ち出した神社「らしくない」光景も、いつしか「らしい」姿へと変わっていくのかもしれない。

一井 純 東洋経済 記者

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いちい じゅん / Jun Ichii

建設、不動産業の取材を経て現在は金融業界担当。銀行、信託、ファンド、金融行政などを取材。

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