フランスのデモがマクロンを標的にするわけ 燃料増税への抵抗運動がSNSで10万人デモに

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ただ、過去には民衆による厳しい抗議行動が政府の方針転換を促したことや議会解散の引き金となったこともある。2006年にドミニク・ドゥ・ヴィルバン政権が若年雇用制度の改正を断念した例があるほか、1995年にアラン・ジュペ政権が公的部門の社会保障改革の撤回を迫られた。古くはシャルル・ドゴール大統領下の1968年5月、学生運動に端を発した大規模な民衆蜂起が発生(いわゆる「5月危機」、今年はちょうど50周年に当たる)、事態を沈静化するため、大統領は国民議会の解散と前倒し選挙を余儀なくされた。

労働組合などが中心となった過去の抗議運動と異なり、インターネットやソーシャル・メディアを介して賛同者を集める黄色いベスト運動には、明確なリーダーが存在しない。デモに参加する動機も、燃料税の引き上げはもとより、賃金低迷、生活苦、失業、公共サービスの質の低下、マクロン大統領への不信感など、参加者によってさまざまだ。政府が対話を呼び掛けても、誰と交渉の場につけばいいのか、何を交渉条件にするのかが曖昧な、対応の難しさがある。

エドゥアール・フィリップ首相は4日、事態の沈静化に向けて、来年1月に予定していた燃料税の引き上げを6カ月間凍結する方針を発表した。12月15日から来年3月1日を交渉期間に設定し、協議に応じる構えを示唆している。だが、抗議運動はより包括的な生活改善要求やマクロニズムへの抵抗運動に性質を変えつつある。怒れるフランス国民の抵抗は今後も続く可能性がある。

すでに今年に入ってフランス経済には減速の兆しが広がっている。クリスマス商戦目前の週末に、パリの観光名所や各地のショッピング・センターで繰り返される抗議デモは、商店の営業時間短縮や観光収入の減少につながるおそれがある。

手厚い社会保障や所得再分配政策により、好況時も不況時もそこそこの成長を実現するフランス経済のパラドックスは、財政規律を重視するマクロン大統領の施政下には当てはまらない。景気が好調を維持している間に早業で改革をやり遂げるマクロン大統領の戦略は岐路に立たされている。

メルケル首相に続いて求心力を失うのか

マクロン改革の今後を占う試金石となりそうなのが、来年5月の欧州議会選挙だ。5年に1度EU加盟各国で行われる欧州議会選挙は、現政権やEUに対する批判票が入りやすく、新興政党やポピュリスト政党に有利なことで知られている。マクロン大統領は欧州議会選挙での共和国前進の勝利を足掛かりにEU改革を推進しようと考えていたが、今回の抗議運動が長期化すれば、来年の選挙結果にも影響しそうだ。当初、共和国前進の勝利が確実視されていたが、最近の世論調査でルペン氏が率いる国民連合が逆転している。

こうした中、隣国ドイツでは難民危機対応や連立政権内の不協和音に対する国民の不満が高まっており、長年政権を率いてきたアンゲラ・メルケル首相の権威が急失墜している。10月の州議会選での与党・キリスト教民主同盟や姉妹政党の“事実上の敗北”を受け、メルケル氏は与党党首の座を退くことを決意した。連邦議会任期が満了する2021年秋まで首相職にとどまる意向だが、政権のレームダック化は避けられない。

後継党首の人選や来年の州議会選の結果次第では、首相の退陣時期が早まるおそれもある。メルケル首相のリーダーシップが衰えるなか、欧州を引っ張っていく存在として期待されていたのがほかならぬマクロン大統領だった。そのマクロン大統領までもが改革頓挫で求心力を失えば、フランスのみならず欧州の未来にとって憂慮すべき事態と言える。

田中 理 第一生命経済研究所 首席エコノミスト

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たなか おさむ / Osamu Tanaka

慶応義塾大学卒。青山学院大学修士(経済学)、米バージニア大学修士(経済学・統計学)。日本総合研究所、日本経済研究センター、モルガン・スタンレー・ディーン・ウィッター証券(現モルガン・スタンレーMUFG証券)にて日、米、欧の経済分析を担当。2009年11月から第一生命経済研究所にて主に欧州経済を担当。

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