東大卒43歳が導かれた「ラグビー道」の充実感

東京セブンズラグビースクール・村田祐造氏

東京セブンズラグビースクールの校長でヘッドコーチを務める村田祐造(むらた ゆうぞう)氏。スポーツ映像分析ソフト開発、コーチング講習、企業研修などを行うスマイルワークス代表取締役でもある(筆者撮影)

3歳の息子をラグビースクールに通わせている友人からこんな話を聞いた。

「スクールの教え方がユニークで、ラグビーをやっているときには、ほかで見たことがないぐらい集中している」

「東京セブンズラグビースクール」を主宰している村田祐造、43歳。

未就学児から中学生までを対象に週1回、都内のグラウンドでラグビーの楽しさを教えている。

かつては社会人の強豪チームでプレーした経験もあるが、現在に至るまでのキャリアはきわめてユニークだ。高校時代にラグビーを始め、卒業後は一浪して東大へ進学。雑誌で目にした地球物理学者の”好きなことを仕事にして食べていく”という言葉に感銘を受けたのが、進路選びの決め手だった。

「好きなことを仕事にし、それが人々に喜ばれて社会の役に立つ、という夢を叶えるには東大で勉強するのが最適と考えた」

そのころはラグビーが本当に好きなのかわからなかったが、東大でもラグビー部を続けることを決めた村田。待っていたのはメチャクチャきつい練習だった。

「頭を使って勝とうと思っても結局勝てないので、“根性だ”となってしまう」

大学4年時に迎えたラグビー人生の転機

入部した年の対抗戦グループ初戦の対早稲田大戦。村田はスターティングメンバーのポジション争いで上級生に破れてしまう。ジャージ授与式で監督から左ウイング11番のジャージを手渡されたその先輩は席上、ラグビー部全員の前で絶叫した。

「トイメン殺して俺も死ぬ!」

トイメン(対面)とはもともと麻雀用語。卓を挟んで向かい側にいる相手を意味するが、ラグビーでは”対峙する相手ポジションの選手”を指す。11番ならば右ウイング14番の選手がトイメンである。

「先輩のような覚悟が自分にはなかった」と村田は回顧する。

2年からはレギュラーに定着。対抗戦グループの強豪校にはまったく歯が立たなかったが、4年時の明治大戦で村田はラグビー人生の転機を迎えた。

東大ラグビー部では2年時からレギュラーに定着した(写真:村田祐造氏提供)

「どうしたら自分も“トイメン殺して俺も死ぬ”域に達することができるのか」などと考えていた村田に、ポジション争いをしていた同期の選手が「明大戦はがんばれ。応援している」と声を掛けた。その選手は入部してから一度も公式ジャージに袖を通していなかった。さりげない優しさに村田は涙が出てきたという。

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