東大卒43歳が導かれた「ラグビー道」の充実感

東京セブンズラグビースクール・村田祐造氏

“同期の仲間から応援してもらうにふさわしいプレーをする“

そう心に誓って明大戦に臨んだ。試合は大差で敗れたが、タックルが面白いように決まった。

「相手の動きがスローモーションのように見えた」

村田に仕留められた明大の選手が次々と担架で運び出されていく。

彼の活躍ぶりをたまたま見ていたのが、明大の有望選手を探そうとグラウンドに足を運んでいた三洋電機(現パナソニックワイルドナイツ)の監督だった。三洋電機といえば、日本ラグビーに名を轟かせたチームの一つである。

村田の獅子奮迅の働きを目に留めた三洋電機から、卒業後はウチへ来ないか、との誘い。

東大ラグビー部を経て社会人の強豪チームでプレーする選手はほとんどいないだけに“サプライズ”だったが、村田はその申し出を断った。

造船工学専攻の東大大学院教授がアメリカズカップに出場するレーシングヨットの技術開発を手掛けていたことに強く、興味を惹かれていたためだ。

1999年のアメリカズカップ予選でのようす(写真:村田祐造氏提供)

東大大学院へ進学して2年目。

ニュージーランドのオークランドで開かれていたアメリカズカップに出場した日本選手に帯同し、チームをサポートするエンジニアを務めた。結果はよもやの準決勝敗退。高性能のヨットで挑戦したものの、「ハードで勝ってソフトでは負けた印象」だった。

決意した三洋電機ラグビー部入り

オークランド滞在時、三洋電機ラグビー部の関係者と予期せぬ再会を果たす。

アメリカズカップのベースキャンプを訪れた関係者は、村田に対して「今でも待っているよ」とひと言。

「レーシングヨットの開発はもう、おなか一杯という感じだった」

村田は三洋電機のラグビー部入りを決意する。

三洋電機入社に際して望んだのは「オーナーマインド社員制度」の活用。新規事業を提案した社員と年俸制で給与支払いの契約を結ぶ仕組みだ。村田は「ラグビー部を強くするための分析ソフト開発」を提案。同制度の枠組みでの採用が決まった。

三洋電機ラグビー部時代。午後の練習が終わると、オフィスへ戻ってソフト開発に携わる毎日。「身体はキツイが楽しかった」と村田氏は話す(写真:村田祐造氏提供)

午前中はプログラム開発に従事して午後は練習。

夜は会社へ戻って再び、開発に取り組んだ。

試合に出場した三洋電機の選手のプレーなどをすべてデータ化し、パフォーマンスを棒グラフで表示する分析ソフトの開発に1年で成功。

さらに、三洋電機のコーチを通じて日本代表監督(当時)の向井昭吾にプレゼンテーションを行い、同ソフト導入へこぎつけた。

次ページ ワールドカップにコーチとして帯同
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