「出自」がわからない経営戦略論は有害無益だ 「経営戦略論は役に立つのか」対談:前編
尾原:経営戦略で扱えるレバーが増え、境界線もあいまいになっている。そういう変化の時代の中でどうやって勝つかというときに、日本的な言い方になりますが、「見立て」と「誂え(あつらえ)」が大切だと思います。
「見立て」では、この局面でどの原理がいちばん強く、勝ちやすいパターンであるかという軸と、自分は人生の中で何をやり遂げなければならないかというミッションの軸という2つをちゃんと見なくてはなりません。
その先にあるのが「誂え」です。たとえば、茶道のお茶会は主賓の人生をそのタイミングに合わせて祝福する場です。決められた礼儀の型を用いますが、主賓のために器、軸、匂い、花などすべての環境を設定します。経営も同じく、いろいろなパラメータの中から、その人の人生とその人にとって勝ちやすい戦略パターンに対して、いかに道具をちりばめていくかが重要です。
文脈の中で定石を理解する
尾原:インターネット・ビジネスに取り組む中で、「ビジネスモデル・キャンバス」の要素を埋めて答えを出した気になっている人をよく見掛けます。これは本来、ブレーンストーミングの道具であって、1回要素を置いて整理してから、プライオリティを決めたり、あえて省いたりすることを考えるためのものです。
琴坂:使い方を間違えてしまうのは、たぶん本質的な文脈を知らないからですね。
尾原:まさにそのとおりで、なぜ「ビジネスモデル・キャンパス」ができたのかという背景がわかっていれば、こうした経営戦略の定石をいつ使えばよいかがわかるはずです。
定石とそれが生まれた環境の2つをセットで理解しておくことがすごく大事で、そこで初めて応用ができるのです。たとえば、将棋でどの定跡を選ぶかは、相手の得意な技と、自分の得意な技の掛け算の中で決まりますが、あえて定石を崩すことで相手の戦略の虚を突くといった、定石と定石の化かし合いも行われます。
琴坂:まさしくそれがすごく重要な点ですね。定石となるフレームワークには、崩していいところと、崩してはダメなところがありますから。たとえば、「ファイブ・フォース」の5つの要素は崩しても構いませんが、産業要因の中で移動障壁の高さを形成する根源的な部分は絶対に崩してはいけない。理論をしっかり読み込んで理解して、頭の中に入れつつ、ただ信じるのではなく批評することも大事になります。
尾原:どういう環境の中でどういう定石が使われるのかについて、自分の中にマップを持っておかないと、必要なときに必要な定石を引き出すことができません。古くても変わらないもの、今の環境パラメータに合わせて新しく付け足すものについて理解することで、新しい組み合わせが考えられるようになります。
琴坂:私が執筆時に感じていたのが、60、70年前の概念であっても、今も十分に使えるところがあるなということ。置き換わったわけではなく、厚みが増しているのです。その厚みの形成の過程を理解せずして、最新の経営理論を本当に理解することは不可能だと思います。