失明を乗り越え、パラリンピック目指す起業家 初瀬勇輔 ユニバーサルスタイル代表取締役

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初瀬 勇輔
ユニバーサルスタイル代表取締役
初瀬 勇輔
1980年生まれ。32歳。長崎県生まれ。中央大学法学部卒業後、サンクステンプを経て、2011年にユニバーサルスタイル代表取締役。05~11年、全日本視覚障害者柔道大会90㌔㌘級優勝、12年同81㌔㌘級優勝。08年には北京パラリンピック90㌔㌘級出場。
 自身が視覚障害を持つ初瀬勇輔は、日本では希有な「障害者雇用コンサルタント」だ。「企業と障害者の橋渡し役」として日夜奮闘する一方、視覚障害者柔道でリオデジャネイロパラリンピック出場を目指す。視力喪失というどん底からはい上がった初瀬は、いかにして天職をつかみ取ったのか。

パラリンピックへの強い思い

初瀬勇輔にとって、来る11月24日は特別な一日だ。東京・文京区の講道館で開催される全日本視覚障害者柔道大会81キログラム級に出場。9度目の優勝を目指す。

「この大会は、視覚障害者としての僕自身が、変わるきっかけになった大会なのです。その意味でも初心を忘れず、いい緊張感を保って出場したいと思っています」

2012年の全日本視覚障害者柔道大会

初瀬は2005年に全日本大会の90キログラム級で優勝したのを皮切りに、11年までに同級で7連覇の偉業を達成。12年には81キログラム級で再び優勝を遂げた。今年は同級での2連覇が目標だ。

「無敵の王者ですね」との問いに、「そんなことはないのです。国際大会では負けてばっかり。でも、勝ちよりも負けから学ぶことが多いですね」と笑う。

初めて経験したIBSA柔道世界選手権(フランス)では1回戦で苦杯を喫した。敗者復活戦でも敗れ、団体戦でも負けた。同じ年のマレーシアで開かれたフェスピック(極東・南太平洋障害者スポーツ大会)で優勝したものの、翌年の世界選手権(ブラジル)では相手の寝技に屈し、まるで歯が立たなかった。それを機に、初瀬はブラジリアン柔術の道場に通うようになり、今も寝技の強化に励んでいる。

2008年の北京パラリンピックでは90キログラム級で出場を果たしたものの、1回戦で敗退。10年のアジアパラリンピック(中国・広州)では90キログラム級で金メダルに輝いたが、ロンドンパラリンピックでは90キログラム級の枠を日本が返上を迫られる不運に見舞われ、出場を逃した。それだけに、16年のリオデジャネイロパラリンピックへの思いは人一倍強い。

「今は仕事が忙しくなるほど、練習時間を確保しにくいのが悩みですね。でも、二足のわらじを履けるのは幸せだし、それができるのは今しかありません」と言う。週に3~4日の道場通いを続けながら、全国でも希有な「障害者雇用コンサルタント」としての仕事に全力を注いでいる。

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