32歳、三井不動産マンが選んだ地方起業の道 山形・鶴岡発、異色の地方創生デベロッパー

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創業当初の資本金は10万円。鶴岡に縁のない若者が地元の信頼を勝ち取るには、「生き様で証明してみせるしかない」。地域の飲み会や運動会などの催し物にはまめに顔を出し、住宅ローンを借りて自宅も鶴岡市に構えた。そんな山中氏の熱意に賛同し、地元の地方銀行や信用金庫から融資を受けられただけでなく、出資してくれる地元企業も増え、資本金は22億8200万円に膨れ上がった。従業員もUターンやIターン組が入社し、たった4年で50人以上にまで成長した。

子ども向けの遊戯施設「ソライ」のアスレチック。子どもが丸一日、夢中になって遊んでいたという(記者撮影)

スイデンテラスがターゲットにしているのは、研究者や視察に来た関係者だけではない。「目的は地元の人に楽しんでもらうこと。地元住民がサイエンスパークに入る仕組みを作りたかった」(山中氏)。設計には建築界のノーベル賞との呼び声も高いプリツカー賞受賞者の坂茂氏が担当した。「初めて鶴岡を訪れた時、(研究棟の無骨さに)ショックを受けた。庄内の水田風景を残したかった」(坂氏)。山中氏とは以心伝心の仲だ。

11月にオープン予定の子ども向け施設「キッズドーム ソライ」もチャレンジングだ。地上1階はアスレチック施設、地下1階はものづくりが学べる施設だ。施設内では絵の具をぶちまけても、3Dプリンターをいじってもよく、子どもの”やってみたい”望みをすべて叶えてあげることができる。

「これからの自治体は、人口減で税収が減る一方、高齢化で担う業務は増える。これではクリエイティブなことはできない」(山中氏)。だからこそ、民間企業が地域の課題を事業化していくことが必要だと山中氏は考えている。

「住民サービスは無料ではない」

ただ、地方自治体にとって民間企業の存在は魔法の杖ではない。山形市や山形県東根市にある市営施設は入場無料なのに対し、ソライの利用料は月額4000円。「ソライの利用料が高いのでは」。地元では、一部でこんな声が上がる。

そうした声に対し、山中氏は「一度来てくれれば、その価値が実感できるはず」と反論する。入場無料は、自治体が費用を肩代わりしていることを意味している。行政ではできない仕事を民間に任せるには、受益者負担は避けて通れない。住民サービスはただではないことを住民に理解してもらうことが重要だ。

「(鶴岡市や隣の酒田市など含めた)庄内地域の人口27万人全員が株主となることを目指したい」。スイデンテラスとソライが建ったあと、残る約7ヘクタールの開発が次の課題だ。大手不動産会社出身という異色の経歴を持つ若きデベロッパーは、今日も鶴岡市内を奔走している。

一井 純 東洋経済 記者

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いちい じゅん / Jun Ichii

建設、不動産業の取材を経て現在は金融業界担当。銀行、信託、ファンド、金融行政などを取材。

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