理想は掲げ続けることで意味をもつ 水野正人 × 三ツ谷洋子 対談(下)
三ツ谷:招致委員会において水野さんは具体的にどのような役割を担われたのですか。
水野:縦割りを改善するため、いろいろな相談に乗り、個々のスタッフの力を結集していくことに努めました。事務局内をうろうろ歩いては、スタッフに「何かある?」と話しかけて、問題が発生していれば、解決のアイデアをスタッフと一緒に考えるようにしました。
三ツ谷:まさに招致活動の現場で陣頭指揮を執っていらっしゃったのですね。
水野:私はCEO(専務理事)ですから、実務のチーフとして事務局を動かす全責任を負っていました。現場のスタッフはほんとうによく働いてくれました。懸命に頑張るスタッフの姿に、何度涙を流したかわかりません。
三ツ谷:水野さんが組織の壁をなくそうとされても、スタッフ同士がうまく連携できない場合もあったのではないでしょうか。
水野:招致活動に携わる面々はプロですから、基本的に各セクションの主張を尊重しました。ただし、意見の合わないところは調整を図りながら全体の招致活動を進めるようにしました。
三ツ谷:水野さんには、まさに適任のお仕事のように思いますが。(笑)
水野:調整段階では、にやっと笑って嘘をいわなければならないときもありました。(笑)
2020年に東京五輪を開催する意義とは
三ツ谷:1964年の東京五輪と比べ、2020年は日本の経済や社会の状況がずいぶん異なります。今回の開催意義をどのようにお考えでしょうか。
水野:2020年の大会は、成熟を経てなお進化する東京の中心で開催されます。1964年大会の施設も有効活用して半径8㎞内に主要施設を設けたコンパクトな五輪を実現し、過去の資産を大切にしながら活力に満ちて成長する都市の姿を世界に伝えたいと思います。
IOC委員は、オリンピックの価値を大会のたびに高めていくことをめざしています。なぜなら、IOCは自己資金で運営する組織であるため、五輪のブランド力を高めて資金調達を続けていかなければ、オリンピズム(オリンピック運動の原則)の目標である「平和な社会」が実現できないからです。
三ツ谷:イスタンブールの関係者は自国での開催意義について「東西文化の懸け橋」になることを主張していました。もっともなアピールポイントですが、都市の地政学的な特徴を述べています。五輪の価値を高めるという本質には言及できていないように思います。
水野:私の考える五輪の価値とは、たとえば次のようなものです。クーベルタン男爵は古代オリンピックを研究し、紀元前776年から紀元393年までの約1200年ものあいだ、五輪が4年に一度開催されていたことを学びました。彼が触発されたのは、狭い地域ではあるものの戦争がどこかで行なわれていれば、オリンピックを挟んで必ず3カ月間は休戦したということです。これを「オリンピック・トゥルース(Olympic Truce)」といいます。
クーベルタン男爵は近代五輪でも、開催時には戦争を休戦させようとする「オリンピック運動」を展開し、オリンピックを世界の平和と人類の繁栄を希求する一大教育活動に位置付けたのです。IOCはこのような高い理想を掲げながら、つねに五輪の果たすべき意義を考えてきました。
国連は五輪開催のたびに、オリンピック・トゥルースを決議していますが、世界各地の戦争はなかなか休戦には至りません。
三ツ谷:理想は掲げ続けることで意味をもちます。つねに理想を主張し続けることが大切だと思います。
水野:そのとおりですね。高い理想をもちながら現実をどのように進歩させていくかを考えていくことが大事です。