理想は掲げ続けることで意味をもつ 水野正人 × 三ツ谷洋子 対談(下)

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スポーツの地位向上を図るべき

三ツ谷スポーツ産業界を長く牽引されてきたご経験を踏まえて、2020年の東京五輪にどのような期待をもっていらっしゃいますか。

三ツ谷洋子(みつやようこ) 法政大学スポーツ健康学部教授
1947年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。産経新聞記者を経て、80年、スポーツ21エンタープライズを設立、代表取締役に就任。スポー ツビジネスコンサルタントとして各種の政策提言に関与。Jリーグ理事・参与などを歴任。99年、日本プロスポーツ大賞功労賞受賞。2009年より現職。

水野日本ではスポーツの社会的地位が欧米と比べて低く五輪を一つの契機にしてスポーツの地位向上を図るべきだと考えます。オリンピックはあくまで通過点にすぎず、これをきっかけに2020年以降、私たちがどんな社会を構築するのか。それこそが重要になります。

とくに私は、日本人がスポーツ選手のみならず、選手をサポートする人たちをしっかり評価できるようになってほしいと思っています。スポーツがほかの文化と違うのは、スポーツ選手が若いときにピークを迎える点です。年齢を重ねるごとに円熟味が増していく文化・芸術とは特性がまったく違うため、スポーツ選手が人間国宝になることなどまずありません。先日、体操の白井健三選手が新技を成功させましたが、あのような神業を年を取ってからできるわけがない。だからこそ、人びとがスポーツの価値を正当に見出す社会の涵養が必要なのです。

三ツ谷おっしゃるとおりですね。たとえば、スポーツの分野で文化勲章を受勲しているのが、故・古橋廣之進さん(戦後の水泳界で次々と世界記録を打ち立てて「フジヤマのトビウオ」の異名を取る)だけというのは、その証左です。

水野日本のスポーツの制度や考え方を根本的に変えていかなくてはいけません。選手やトレーナーが安定した収入を得られなければ、若者がスポーツを職業として選択しようとは思わないでしょう。スポーツは日本で産業としてまだ十分に認められていないと思います。IOC立候補ファイルには五輪開催後のレガシー(遺産)として、「オリンピック・コミュニティの形成」について記されています。オリンピック・コミュニティとは、人びとが「Excellence(美徳)」「Friendship(友情)」「Respect(尊敬)」という三つの言葉を意識しながら生活する社会のことです。これこそ、いまの日本社会に根付くべきだと思います。

三ツ谷近年、若者のスポーツへの関心は高く、日本の大学や短大で「スポーツ」や「健康」という名称の学科や学部をもつところは100以上にのぼります。ところが卒業後、彼らはスポーツ関連の企業になかなか就職できません。

水野日本のスポーツ業界に雇用の受け皿がないことが問題でしょう。スポーツから得られる便益に対価を払いたい人が世の中で増えれば、スポーツも職業として成り立っていくはずです。私自身、スポーツ用品会社の経営を担ってきた一人として、スポーツ業界の雇用不足について責任を感じています。

三ツ谷現在の日本社会には、大きな目的を果たすために責任やリスクを取ろうとする人が少ないのも事実です。これではよい社会を築くことはできません。

水野五輪を通じて平和な社会を構築するためには、まず教育が重要だと思っています。器を大きくする教育がなければ人間は理性をもてず、本能だけで行動してしまう。

学校の場でもっとスポーツ文化に関する教育、なかでも五輪に関する教育をもっと推進していくべきだと思います。多くの人にマイナースポーツについても知ってもらい、その面白さを発見してほしいと思っています。IOC委員に「人気のないスポーツの観戦者をどのように増やしたらよいか」と尋ねられたことがありましたが、どんなスポーツも現存している以上、「面白さ」があるのです。

また、各競技のルールを知ってさえいれば、その競技の見所もわかってもらえるはずです。アメフトのルールを知らない人は、「どうしてあれだけ走って、ドンと相手に当たって倒されることを繰り返すのか」と不思議に思っているのではないでしょうか。

三ツ谷私も教育に携わる一人として、スポーツの価値を高めるために学生をしっかり指導していきたいと思います。

水野最近の若者はスポーツよりもコンピュータゲームに夢中です。いまのスポーツ界にはゲームに勝る面白さを追求するチャレンジが必要なのです。スポーツの地位向上を図るアイデアを課題として学生に与えて、何も書いてこない学生がいたら、「ゲームばかりやらずに勉強しなさい」と指導してください。(笑)

東京オリンピック・パラリンピックまであと7年しかありません。2020年の五輪を成功させるためには、若い人の活躍が不可欠です。私のような高齢者は若い人たちに期待し、励ましていきたいと思います。若い人たちが、五輪の精神を尊重した社会をこれから築いてくれることを願っています。(『Voice』2013年12月号より)

(写真:井上直哉)

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