「日本人のテレビ離れ」論が実は全然違うワケ ネットに滅ぼされるものでも何でもない

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いわば、日本の動画配信サービスは「地上波テレビ」という大いなる母の血を引いた子どものようなものだ。これらがテレビを脅かすというのは、そもそもありえないことなのではないか。

テレビの未来はどうなる?

今後、地上波テレビそのものの影響力が下がっていったとしても、テレビ局やそこに携わるテレビ制作者が持っている質の高い動画コンテンツを作る能力というのは変わらない。それは、これからどんな時代が待ち受けているとしても、普遍的に通用する能力であるはずなのだ。

この記事は、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり 〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』に掲載した内容の一部を加筆修正したものです(書影をクリックすると、アマゾンのサイトにジャンプします)

これから起こることは、テレビが滅びるというよりも、「テレビ」という概念がどんどん広がって薄まっていく、ということではないか。リアルタイムで見る価値のあるテレビのコンテンツは、速報性のあるニュースやスポーツ中継などである。こういった分野に関してはテレビの隆盛は当面続くだろう。

一方、ドラマやバラエティ番組に関しては、視聴環境が多様化して、タイムシフト視聴はますます一般的になっていくだろう。そして、地上波テレビというところに集中している上質な動画コンテンツを作るマンパワーが、動画配信サービスなどに薄く分散して広がっていく。

テレビは決して滅びるわけではなく、そのあり方が変わって、より広範囲に拡散していくだけだ。面白いものを見たいと思う人がいて、面白いものを作ろうと思う人がいる限り、テレビという文化はこれからも続いていくだろう。

ラリー遠田 作家・ライター、お笑い評論家

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らりーとおだ / Larry Tooda

主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など著書多数。

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