「恩返しを実行する人は気高い」といえるワケ スーパーボランティア尾畠さんから学ぶこと

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日本とタイの大学生を比較した研究報告では、他者から恩恵を受けたときの肯定的感情はタイの学生において大きく、負債感情は日本の学生のほうが大きかった。両国の学生において、感謝心の肯定的感情は、向社会的動機(社会のためになることをしたい気持ち)の高揚と関連していた。

一方で、負債感情が向社会的動機の高揚と関連していたのは日本の男子学生だけだったという。つまり、われわれ日本人は恩を受けると、感謝だけでなく、負い目も深く刻まれ、それが社会的振る舞いと関連する傾向が強いようなのだ。

恩返しを重要と考える傾向は、幼稚園年長児であっても見られ、むしろ、その傾向は大学生よりも強いという日本人の研究報告もある。その反面、子どもは大人とは異なり、返報できないことを不快とは考えていないことも同時に示唆されている(特に肉親に対して)。そして、別の研究では、成人については、心理的負債と、妥当と考える返報の量が関連していることが報告されている。

つまりわれわれは、児童期以降から成人までのどこかの時点で、返報を心理的負債と認識し、返報できないことを不快に思うようになる。特に男性の場合は、日本人に限らず、恩に対して何かしら相手にとって利益のあることを“しなければいけない”という感覚が、女性よりも強く成長することが報告されている。

「恩返し」と「恩送り」

「恩返し」は、直接相手に返報することだと思っている人が多いと思う。それに対して、相手に返報するのではなく、別の誰かに対して親切にすることを指す言葉に、「恩送り(pay it forward)」がある。

記事(障害者への「合理的配慮」はなぜ必要なのか)で述べた互恵(≒ギブ&テイク)の概念では、前者の「恩返し」は「直接互恵」、後者の「恩送り」は「間接互恵」に相当する。間接互恵は、「誰かに対する親切は、直接返ってこなくとも、巡り巡って別の誰かから返ってくる」という考え方である。

「情けは人のためならず」という言葉を、この間接互恵の意味でとらえている人も多いだろう。結果的に自分にとって利益をもたらす可能性がある点で、関係性のない他人に対して親切にすることも、合理的な行動選択だと考えられている。

間接互恵は、「自分が他者に協力することで“良い評判”を得ようとする」ような「自分のための(利己的な)動機」がある場合と、「誰かに親切にされた人が、他の誰かに対しても親切になる」ことを目的とした、「他の人のための(利他的な)動機」がある場合があるとされる。前者は「下りの間接互恵(downstream indirect reciprocity)」、後者は「上りの間接互恵(upstream indirect reciprocity)」などと呼ばれる。「恩送り」は明らかに後者に属するものだろう。

この「世のため人のため」のような動機による「上りの間接互恵」を合理的と呼べるかについては意見が分かれているが、どちらの間接互恵性もともに実験的に存在が証明されている。特に、上りの間接互恵単独では社会に協力を増やさないが、直接互恵が確立した社会に上りの間接互恵があると、協力が増えるという報告もある。

つまり、「恩返し」が確立している社会では、「恩送り」があると社会にもっと「恩返し」と「恩送り」が増えることが示唆されている。間接互恵を提唱したマーティン・ノワク教授によれば、恩を受けたことに対する感謝のようなポジティブな感情が、直接と間接の、両方の互恵的行動を社会に増やすカギだという。大切なのは「ありがとう」なのだ。

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