スターリンに愛された作曲家の暴力性と苦悩 ショスタコーヴィチが音楽に刻み込んだこと

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社会主義の理想の下では、すべての音楽は国家の要請によって書かれる。そこに芸術家のインスピレーションの源、個人的な「愛」を込めると社会主義に対する反証となる。そこで意識的に、自分や恋人の頭文字などを埋め込んでいった。反骨精神そのものだ。

第14番は「すごい」としか言いようのない世界

──フルシチョフ時代になって実は最大の不幸が起きるんですね。

フルシチョフは芸術に関心がなかった。1960年に図々しくも作曲家を力ずくで共産党員にした。これは本当にショックだったと思う。スターリンは彼を党にかかわらせないように、純粋に作曲家として守った。その中で、ショスタコーヴィチは「二枚舌」を駆使して作品を作ってきた。党員になれば、表向きの革命賛美が、衷心からの賛美と受け止められ、作曲家として生命を絶たれる危険があった。

そこから作曲家の本当の闘いが始まった。欧州の最先端の音楽的な成果を取り込み、自分の技や哲学も全部注ぎ込んで、一連の歌曲や交響曲第13番から第15番を作った。特に第14番は「すごい」としか言いようのない世界だ。それはスターリン時代を生き抜いたことで到達できた最高の境地だった。

──フルシチョフ、ブレジネフの時代については「贖罪」「追悼」というつらい言葉で描かれています。

ショスタコーヴィチ 引き裂かれた栄光
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実際に仲間が多く粛清されましたから。自殺した女性詩人ツヴェターエワなど、いわば殉教者たちへの負い目の意識、そこにしか、自分の音楽的な目標、生きる目標がなくなった。彼自身も、がんその他の病でろくに手も動かない悲惨な状況にあった。

最後に、「レビャートキン大尉の四つの歌」という詩に音楽をつけている。『悪霊』に出てくる悪の権化たるスタヴローギンにあこがれるレビャートキンに、スターリンとの関係で自己同一化している。「レビャートキン」は「白鳥」の意味で、「白鳥の歌」としてそのことを物語る。

──21世紀になってブームといえるほど頻繁に演奏されるようになりました。なぜでしょうか。

今は若者が精神的に弱くなって傷ついている時代。そういう時代にショスタコーヴィチのような暴力性を含んだ音楽がむしろトラウマを癒やしてくれる。若者は、社会主義を完全に過去の物語として対象化しており、体制批判抜きに音楽を純粋に音の造形物として楽しんでいるのだろう。

大崎 明子 東洋経済 編集委員

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おおさき あきこ / Akiko Osaki

早稲田大学政治経済学部卒。1985年東洋経済新報社入社。機械、精密機器業界などを担当後、関西支社でバブルのピークと崩壊に遇い不動産市場を取材。その後、『週刊東洋経済』編集部、『オール投資』編集部、証券・保険・銀行業界の担当を経て『金融ビジネス』編集長。一橋大学大学院国際企業戦略研究科(経営法務)修士。現在は、金融市場全般と地方銀行をウォッチする一方、マクロ経済を担当。

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