子どもが生まれてからは育休からの流れで子どもの食べるものは私が作ることが多くなっていったが、当初、実家と二世帯住宅でいろいろと頼っていたので、両親は折に触れて孫が口に入れるものに懸念を示した。野菜の産地はどこか。市販のものを使って大丈夫なのか、等。それは直接的な口頭ベースの伝達であることもあれば、さりげなく「これを使ってね」的に置いてある食材や代わりにやってくれることにも現れていて、私は日々「ちゃんとした食事」プレッシャーを感じていた。
でも、丁寧にゼロから作ったからといって子どもは食べてくれるとは限らなかったし、私の料理の腕でできる手作りの数少ないレパートリーを繰り返すよりも、何か買ってきたほうがよほど栄養にいい可能性もあった。
仕事に復帰し、両立生活がはじまり、2人目が産まれた頃には完全に呪縛にスキルが追いつかなくなった。もう呪縛とか言っていられなくなった。
友人の中には時短スキルをめきめきと上げて忙しいワンオペをしながらも「しっかり手作り」料理をしている人もいるけれど、私は無理だった。そして実家の目の届く場所、そして日本を離れ、シンガポールに来て、今はもうそういったものからおおむね自由だ。外食もレトルト・ルーも活用しているし、もちろん夫がどんな料理をしてくれても感謝している。
日本の母親は料理に時間をかけている
OECDなどの国際比較データを見ると、実は日本人の平均的な家事時間は他国に比べて短い。女性の家事時間は2011年のデータで1日約300分であるのに対し、男性は62分と、男性が圧倒的に家事をしていないからだ。この傾向は10年以上前から変わらない。
品田知美『家事と家族の日常生活~主婦はなぜ暇にならなかったのか』(2007年、学文社)は、より詳細の分析をし、日本は外での有償労働時間が長く、しかも、有業の女性も子どもがいなければあまり家事をしていないことを指摘している。一方で、子どもができると、とたんに家事時間が増える。つまり、日本における家事労働は、女性の中でも、無業の女性(専業主婦)、そして子どもがいる女性が、圧倒的に引き受けているのだ。
品田氏によれば、欧米では子どもの頃から、就業しているかどうかに関係なく、家事を手伝っており、また結婚や出産のイベントなどがあっても、それほど家事量は変わらない。「誰もが仕事も家事もほどほどにする、という生活様式が欧米家族における現代の位相」だという。これに対して日本は、成人男性の関与が極端に少なく、子どもにもあまり手伝わせず、成人女性のみが異世代にわたって(時に祖母が手伝う形で)家事を分担しているというのが特徴らしい。
その中でも、日本人女性が特に時間をかけているのが炊事、つまり料理だ。品田知美『平成の家族と食』(2015年、晶文社)によれば、2000年ごろのデータで、日本の母親たちは欧米よりも1時間以上、1日あたりの料理にかけている時間が長いという。
確かに、日本の食文化はすばらしい。私は高校生のときにアメリカに留学したことがあるが、ホームステイ先の家庭の5歳、8歳の子どもたち(と私)が持っていく「ランチ」は当初ビスケット(しかもオレオとかピーナッツバターのたっぷり入ったクッキーサンドとか甘いもの)とリンゴ丸一個に甘いジュースなどの組み合わせだった。
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