社会保障への不勉強が生み出す「誤報」の正体 名目値で見ても社会保障の将来はわからない

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今後も、運用実績がスプレッドの目標値を超えるかどうかは不確実ではある。しかしながら、公的年金の収支の仕組みを学ぶこともせず、名目運用利回りの年4.1%だけを取り上げて批判することがいかにピント外れかは、もうおわかりだろう。どうしてそうした誤報が新聞の社説、つまり論説委員会で複数の論説委員の合意として執筆される文章に堂々と出てくるのか、随分と前から不思議で仕方がなかった。

年金財政へ影響を与える要因を語るうえで名目運用利回りを持ち出すこと自体が間違いであるという基礎知識を、普通の人たちが持ち合わせていないことは理解できる。しかしながら、論説委員たちが複数集まっても誰一人として間違いに気づかないままできたということ、そしてそうした誤報を、新聞社は社として訂正もしないままできたというのが、いまだにどうしてもわからない。

誤報で国民の年金不信は高まった

ところが、運用利回りが高すぎる、粉飾決算であるといった批判は、いかにも国民が飛びつきそうな話であったためにメディアは大きく取り上げ、国民の公的年金への不信感を高めていった。「そもそも、この財政検証はバーチャルな要素が強い。(中略)年4.1%に背伸びさせた積立金の運用利回りなど、これから百年間の経済の想定も仮想値といわざるを得ない。それらに基づく検証結果そのものに、信用がおけないのだ」(2009年5月27日の日本経済新聞)というようにである。

研究者にも、4.1%を取り上げて「粉飾決算」と大声(たいせい)を発する者が出てきて、それを疑うこともなく信じる経済学者も大勢いた。

もしかすると、彼らには今でも、公的年金を語るうえでの基礎的な知識が欠けており、自ら信じ切っている常識が間違っているという意識がまったくないのかもしれない。それゆえに、自分たちの言動が、国民の年金不信を高め、この国の政治を大きく不安定化させたという罪に対する意識が、今でもないのかもしれない。

本当は、そうした罪の意識のない罪こそが、最も重い罪のように思えるのであるが、彼らは、学ぼうとしないためにその罪に気づくこともなく、これからも間違った情報を流し続けいくのであろう。

では、社会保障給付費の中で、年金に次ぐ規模を占める医療費についてはどうだろうか。この報道でも、多くのメディアにおいて名目値で論ずるという過ちが犯され続けてきた。この点については、次回「医療費膨張を煽る『誤報』はこうして生まれる」で論じよう。

権丈 善一 慶應義塾大学商学部教授

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けんじょう よしかず / Yoshikazu Kenjoh

1962年生まれ。2002年から現職。社会保障審議会、社会保障国民会議、社会保障制度改革国民会議委員、社会保障の教育推進に関する検討会座長などを歴任。著書に『再分配政策の政治経済学』シリーズ(1~7)、『ちょっと気になる社会保障 増補版』、『ちょっと気になる医療と介護 増補版』など。

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