教養がない人々が語る「常識を疑え論」のワナ 「イノベーションごっこ」に陥るエリートたち

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フランス   :68
日本     :54
イタリア   :50
アメリカ   :39
カナダ    :39
旧西ドイツ  :35
イギリス   :35

上記は、先進7カ国の権力格差を一覧にしたものです。これによると、イギリスは権力格差の小さい国なのですが、そうした国には特徴があります。人々の間の不平等は最小限度に抑えられる傾向にあり、権限分散の傾向が強く、部下は上司が意思決定を行う前に相談されることを期待し、特権やステータスシンボルといったものはあまり見受けられません。

これに対し権力格差の大きい国では、人々のあいだに不平等があることはむしろ望ましいと考えられており、権力弱者が支配者に依存する傾向が強く、中央集権化が進みます。

以上より、権力格差の違いは職場における上司・部下の関係性のあり方に大きく作用することになります。

端的にホフステードは「権力格差の小さいアメリカで開発された目標管理制度のような仕組みは、部下と上司が対等な立場で交渉の場を持てることを前提にして開発された技法であり、そのような場を上司も部下も居心地の悪いものと感じてしまう権力格差の大きな文化圏ではほとんど機能しないだろう」と指摘しています。

なお想像に難くないことですが、やはり日本のスコアは相対的に上位に位置しています。

ホフステードは、韓国や日本などの「権力格差の高い国」では「上司に異論を唱えることを尻込みしている社員の様子がしばしば観察されており」、「部下にとって上司は近づきがたく、面と向かって反対意見を述べることは、ほとんどありえない」と同調査の中で指摘しています。

どのような影響を及ぼすのか

さて、では権力格差の大きさは具体的にどのような影響を及ぼすのでしょうか。現在の日本の状況を考えると、2つの示唆があるように思えます。

1つ目の示唆は、コンプライアンスの問題です。組織の中で、権力を持つ人によって道義的に誤った意思決定が行われようとしている時、部下である組織の人々が「それはおかしいでしょう」と声を上げられるかどうか。ホフステードの研究結果は、わが国の人々は、他の先進諸国の人々と比較して、相対的に「声を上げることに抵抗を覚える」度合いが強いことを示唆しています。

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2つ目の示唆は、イノベーションに関する問題です。科学史家のトーマス・クーンは、パラダイムシフトを起こす人物の特徴として「非常に年齢が若いか、その領域に入って日が浅い人」という点を挙げています。これはつまり、組織の中において相対的に弱い立場にある人のほうが、パラダイムシフトにつながるようなアイデアを持ちやすいということを示唆しています。したがって、そのような弱い立場にある人々が、積極的に意見を表明することで、イノベーションは加速すると考えられるわけですが、日本の権力格差は相対的に高く、組織の中で弱い立場にある人は、その声を圧殺されやすい。

以上の2つを踏まえれば、組織のリーダーは、部下からの反対意見について、それが表明されれば耳を傾けるという「消極的傾聴」の態度だけでは、不十分だということが示唆されます。より積極的に、自分に対する反対意見を、むしろ探して求めるという態度が必要なのではないでしょうか。

山口 周 独立研究者・著作者・パブリックスピーカー、ライプニッツ代表

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やまぐち しゅう / Shu Yamaguchi

1970年東京都生まれ。慶應義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発などに従事。中川政七商店社外取締役。株式会社モバイルファクトリー社外取締役。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。

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