教養がない人々が語る「常識を疑え論」のワナ 「イノベーションごっこ」に陥るエリートたち

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この問題は、組織というものが持っている、不思議な特性が現れています。組織を「ある目的を達成するために集められた2人以上からなる集団」と定義すれば、航空機のコクピットというのは最小の組織であると考えることができます。

組織の意思決定のクオリティを高めるには「意見の表明による摩擦の表出」が重要です。誰かの行動や判断に対して、他の誰かが「それはおかしい」と思った際に、遠慮なくそれを声に出して指摘することが必要なわけです。つまり、航空機のコクピットにおいては、片方の判断や行動について、別の片方が反対意見を遠慮なく言える、ということが重要になるわけです。

さて、副操縦士が操縦桿を握っている場合、上役である機長が副操縦士の行動や判断に対して意義を唱えることはごく自然にできることだと考えられます。一方、逆のケースではどうでしょうか? 機長が操縦桿を握っている際、目下である副操縦士は機長の行動や判断に対して反対意見を唱えられるでしょうか? おそらく、なんらかの心理的抵抗を感じるはずです。そしてその心理的抵抗から、自分の懸念や意見を封殺してしまった結果が、「機長が操縦桿を握っている時のほうが、事故が起こりやすい」という統計結果に出ていると考えることができます。

上役に向かって反論する際に部下が感じる心理的な抵抗の度合いには、民族間で差があるということがわかっています。オランダの心理学者ヘールト・ホフステードは、全世界で調査を行い、この「部下が上役に対して反論する時に感じる心理的な抵抗の度合い」を数値化し、それを「権力格差指標=PDI(Power Distance Index)」として定義しました。

「部下にとって上司は近づきがたい」存在

ホフステードは、もともとマーストリヒトにあるリンブルフ大学の組織人類学および国際経営論の研究者でした。1960年代初頭において、すでに国民文化および組織文化の研究の第一人者として国際的に著名だったホフステードは、IBMからの依頼を受けて1967年から1973年の6年間にわたって研究プロジェクトを実施し、その結果IBMの各国のオフィスによって管理職と部下の仕事の仕方やコミュニケーションが大きく異なること、それが知的生産に大きな影響を与えていることを発見しました。

ホフステードは多くの項目を含む複雑な質問表をつくりあげ、長い年月のうちに各国から膨大な量のデータを回収し、さまざまな角度から「文化的風土がもたらす行動の差異」についての分析を行っています。その後の彼の論考のほとんどは、この時の研究を何らかの形でベースとしています。

具体的には、ホフステードは文化的差異に着眼するに当たって、次の6つの「次元」を定義しており、今日、これらは一般に「ホフステードの6次元」として知られています。

① Power distance index(PDI)上下関係の強さ
② Individualism(IDV)個人主義的傾向の強さ
③ Uncertainty avoidance index(UAI)不確実性回避傾向の強さ
④ Masculinity(MAS)男らしさ(女らしさ)を求める傾向の強さ
⑤ Long-term orientation(LTO)長期的視野傾向の強さ
⑥ Indulgence versus restraint(IVR)快楽的か禁欲的か

ホフステードは権力格差について「それぞれの国の制度や組織において、権力の弱い成員が、権力が不平等に分布している状態を予期し、受け入れている程度」と定義しています。

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