武田薬品の6.8兆円買収に潜む一抹の不安 中外製薬の血友病新薬がシャイアーを脅かす
血友病治療薬の推定市場規模は2017年度に8500億円。その半分は4000億円台だ。中外製薬の思惑通りに事態が進むなら、トップブランド「アドベイト」などを抱え、現在この分野で栄華を誇るシャイアーはあおりを食ってしまう。
6月1日、中外製薬は「ヘムライブラ」の製品説明会を都内で行った。小坂達朗社長CEO(最高経営責任者)は「これまでにない作用メカニズムで患者に貢献する」と冒頭に挨拶した。それだけでなく、記者やアナリストなどからの質疑応答までの1時間半、最後まで席を立つことはなく、説明会が終わってから寄ってくる記者の問いにも丁寧に答えていた。
多忙を極める製薬大手の社長がひとつの製品説明会でここまでするのは異例のことだ。たとえば4月12日の、がん免疫チェックポイント阻害剤「テセントリク」の説明会には小坂社長の姿はなかった。中外製薬が「ヘムライブラ」が極めて重要な商品である証左だ。
現在の世界の製薬技術の主流はバイオ医薬品だ。武田など日本の大手製薬が得意の低化合物からバイオへの流れに乗り遅れたのを尻目に、中外製薬は独自の抗体改変技術を使ったバイオ医薬品に力を注ぎ、日本製薬業界では先行リードした。
2002年に永山治会長がスイスに飛び、50%以上の株式をロシュに渡しロシュグループに入る一方で、上場と独立経営を維持するという、世にもまれな資本業務提携をまとめた。このロシュとの二人三脚での提携が大きくプラスに働いた。
「大きなエンジン」と小坂社長が言うロシュの潤沢な開発投資力と強力なグローバル販売力をうまく利用し、独自の抗体改変技術を生かして創製した、本邦初の抗体医薬品である関節リウマチ薬「アクテムラ」や抗がん剤「アレセンサ」などを大型商品に育て上げ、日本の製薬会社では珍しい中長期の高成長をキープしてきた。
既存薬の問題を解決する「夢のような製剤」
「ヘムライブラ」もこの流れにそって創製・開発されている。二重特異性(バイスペシフィック)抗体技術を使った世界初の血友病治療薬で、今後5~10年にわたり間違いなく同社の成長を牽引する柱商品になる。「患者にとって劇的に治療が改善する、夢のような製剤」と共同開発に携わってきた奈良県立医科大学の嶋緑倫教授は「ヘムライブラ」への期待を隠さない。
血友病患者には血液凝固に作用する特定の遺伝子因子の欠陥から起きる先天性の症状が多い。その中でも圧倒的多数を占めるのが、血液凝固第Ⅷ因子の不足・欠乏から起きる血友病Aだ。屋内での患者数は約5000人。ちなみにこれに次ぐ血友病Bは約1000人だ。「ヘムライブラ」はこの血友病Aの治療薬だ。
いま主流になっている予防(定期補充)療法で第Ⅷ因子そのものを補充する既存薬は、週に2~3回の頻度で静脈注射する必要がある。この治療を受けた患者のうち15~30%程度の人は薬を異物ととらえ自己免疫作用から体内に薬を攻撃する抗体を作ってしまう。こうなると既存薬は効かなくなってしまう。
効かなくなった後は、頻繁かつ大量に投与し続けることで薬を異物と認識しなくする免疫寛容導入療法に移る。この治療は患者の身体への負担や不便が大きく、この治療が効かない患者も3割程度残ると言われる。この療法段階に至る患者だと一人当たりの年間治療費が年間6000万~1億円程度となることもざらだ。
高額医療費の患者負担を一定範囲に収める制度があるものの、血友病A治療薬全体の年間支払額は630億円超に達しており、ただでさえ悪化している健康保険財政上の重い負担になっているのも確かだ。
既存薬にはこのようにさまざまな問題がある。対して「ヘムライブラ」は静脈注射にくらべ簡単で痛みも少ない皮下注射で投与できる。とくに幼児の患者やその面倒をみる親にとっては負担が軽い、痛みが少ないなどメリットが大きい。注射する回数も週1回ですむ。さらに決定的なのは、既存薬が効かなくなる抗体を持つ(インヒビター保有)の患者にもこの薬は効くことだ。
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