武田薬品の6.8兆円買収に潜む一抹の不安 中外製薬の血友病新薬がシャイアーを脅かす

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それもこれも中外製薬が持つ高度の抗体改変技術が生み出している。先述したバイスペシフィック抗体の説明を簡単にすると、2つの手を持ち、ひとつの手が患者の第Ⅹ因子を、もう片方の手が第Ⅸa因子を掴み、両者を結合させることで血液凝固の作用をもたらす。

既存薬が患者の欠乏する第Ⅷ因子を補充することで血液凝固作用を回復(その代わりに弊害として体内にもともとない異物ととらえ、抗体を作ってしまう患者がでる)させるのに対し、第Ⅷ因子なしに血液凝固させるというまったく新しい作用機序(メカニズム)、つまりブレークスルーを実現しているのである。これが出血抑制効果の向上や週1回の投与など既存薬にくらべ高い効能、利便性に繋がっている。

2週に1回、4週に1回へさらに商品性進化も

ただ、新薬開発に成功するまでの道のりは難路だった。中外製薬の富士御殿場研究所でおこなった研究段階では4万以上のバイスペシフィック抗体の作成・スクリーニングや2000以上の改変検討を試みて最後にやっと創製にこぎ着けた。その先の臨床試験(治験)1相(国内)に進んだのが2012年。その後の治験1相/2相を経て、2017年7月~8月(グローバル共同治験)に最終の3相を終えた。

研究・創製段階から発売までは実に17~18年の歳月がかかっているという。3相以降は日米欧でのグローバル共同治験をロシュとグループ共同で実施する「勝利の方程式」で世界販売展開に進んだ。

今回の承認は第Ⅷ因子を使う既存薬に抗体が出来るインヒビター保有者患者を対象にした適応だ。いわば血友病A患者のうち15%~30%を占める市場に対してアプローチする体制が出来た段階だ。

これに加えてすでにインヒビターを保有しない、血友病A患者全体のマジョリティを握る患者(市場)に対する適応拡大や、インヒビター保有者も含めた用法・用量の追加適用でも4月に国内申請を出した。従来の週1回の投与に加え、承認が取得出来ると2週に1回または4週に1回の投与もできるようになり、「ヘムライブラ」の対象市場の拡大や利便性・商品性の向上につながる。

6月5日にはインヒビター非保有患者を対象に米国のFDA(食品医薬品局)から審査承認の手続きを迅速化する優先審査の指定を受けた。世界最大市場の米国でもインヒビター非保有患者への適応拡大が今年10月4日までに承認される可能性がでている。

「ヘムライブラ」の商品性進化と市場浸透、シャイアーの商品への侵食が予想外に早まれば、武田がシャイアー買収を成功させたとしても、期待する効果の面で誤算が生じる可能性もある。「ヘムライブラ」の動向は、中外=ロシュVS武田=シャイアーの熾烈なグローバルバトルに少なからぬ影響を与えそうだ。

『週刊東洋経済』6月11日発売号(6月16日号)の特集は「製薬大再編」です。
大西 富士男 東洋経済 記者

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おおにし ふじお / Fujio Onishi

医薬品業界を担当。自動車メーカーを経て、1990年東洋経済新報社入社。『会社四季報』『週刊東洋経済』編集部、ゼネコン、自動車、保険、繊維、商社、石油エネルギーなどの業界担当を歴任。

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