北海道から見える日本の産科医療の重大危機 過疎地で医師集めに苦闘する自治体の切望

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町長は東京から来ている私に言った。

「東京の人も、田舎が消滅したら困るんですよ。あなたも、北海道のじゃがいもや玉ねぎがスーパーになくなったときは困ったでしょう?」

紋別空港から東京へ向かう佐々木町長。自治体の長にとって、飛行機の中はつかの間の休息がとれる数少ない場所のひとつだ(筆者撮影)

北海道はじゃがいものシェアは全国の約8割、玉ねぎでは7割を占めていて、その中でもオホーツク地域の生産量はトップクラスだ。

「日本はつながっているんです。そして畑を耕している人も、魚を獲っている人、山を守っている人も病気をするんですよ。結婚して妊娠もするんですよ。だから私たちは霞が関や永田町にも出向いて話を聞いてもらうんです」

実はこの遠軽取材の帰り道、紋別空港で羽田行きの飛行機が到着するのを待っていると、そこにひょっこり佐々木町長が現れた。

「今日も東京ですか、大変ですね」と私が言うと町長は「いや、一生懸命働かないと、僕らはあっという間にこれだから」と言いながら、手刀を首にチョンと当てて笑った。選挙に落ちるという意味だ。

想像を大きく超えた規模で産科医療過疎が進んでいる

オホーツク地域では、私の想像を大きく超えた規模で産科医療過疎が進んでいた。そしてこのような地域は、北海道中に、そして全国に無数にあると聞く。

どの地域も役割を担っている。それなのに、この問題にはなかなかスポットが当たらない。今回、私が遠軽の取材をすることができたのも、私が気づいたからというより、たまたま遠軽商工会議所が私を講師として招いてくれたからだ。私には産科医療危機についての著書があったので、定住化促進事業の一環として講演会を企画してくれたのだ。

行ってみると、企画したのは青年部で、子育て中の父親が多かった。遠軽厚生病院が分娩を扱えなかった1年間のあいだに妻が不安な遠距離通院を強いられたという父親もいた。懇親会の酒席で、彼らは、子どもが可愛いという話を始めると止まらなかった。

遠軽町の合計特殊出生率は全国平均を上回っており、家族生活を大切にしている人が都市部より多いと感じた。講演会のフライヤーには、定住促進とは、住民が子どもを安心して産み育てられるということがその基盤だと書かれていたが、人の親としてはそれが当たり前の気持ちだろう。産科医療の危機は実は産業の危機であり、地方の危機は都市の危機でもあるという認識がもっと広がり、早く有効な対策がとられてほしい。

【取材協力】遠軽商工会議所青年部

河合 蘭 出産ジャーナリスト

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かわい らん / Ran Kawai

出産ジャーナリスト。1959年東京都生まれ。カメラマンとして活動後、1986年より出産に関する執筆活動を開始。東京医科歯科大学、聖路加国際大学大学院等の非常勤講師も務める。著書に『未妊―「産む」と決められない』(NHK出版)、『卵子老化の真実』(文春新書)など多数。2016年『出生前診断』(朝日新書)で科学ジャーナリスト賞受賞。

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