北海道から見える日本の産科医療の重大危機 過疎地で医師集めに苦闘する自治体の切望

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「会った人たちは、誰でも『遠軽に産科医がいるべきだ』と思ってくれていました。でも、わかっていても、できないことがある。それは町役場の仕事だって同じですから僕らは理解せざるをえなかったですよ」

短い夏が終わろうとしていた。遠軽町には、市民ボランティアが世話をして1000万本のコスモスが花咲く花畑があって、毎年8月から10月にかけて「コスモスフェスタ」が開催される。その年もフェスタは開催された。ただ、そこには「産科存続の署名活動に協力を」と呼びかける町民たちの姿があった。

産科医を失った自治体では、しばしばこのような署名運動が展開されてきた。しかし無い袖は振れず、署名活動が医師確保に結びつくことは珍しい。ここでも、コスモスが終わるのも待たずに、遠軽厚生病院は最後のお産を終えた。

町の未来が見えなくなっていく

(この町はどうなっていくのだろう?)

産科の火が消えたことについて、佐々木町長は、町の未来が見えなくなっていくような不安を感じたという。

「お産というものは、未来があるということのシンボルなんでしょうね。産科がなくなってしまうということは、土地の人間にとって、なんとも言えない不安な感じなんですよ」

この頃、町役場から、全国でも他に例を見ないアイデアが次々と生まれてきた。

そのひとつが、保健福祉課が提案した医師個人へのダイレクトメール作戦だった。全国の産科医に「遠軽に来てくださいませんか」という手紙を送ったのだ。大学や自治体といった組織ではなく、医師個人にSOSのサインを送ろうとしたのである。

全国の産科医のべ9702人にダイレクトメールを送った遠軽町保健福祉課。ここから全国の産婦人科医へ向けて、北の町からのSOSメッセージが発信された(筆者撮影)

発送を担当した保健福祉課によると、産科を標榜する全国の病院やクリニックの住所に送ったそうだ。そこには産科医がいるはずで、多くはゴミ箱に直行するとしても、少しは生き残り、医師が読んでくれることもあるだろう。送付先リストの作成は、2カ月間かかった。発送は2回にわたり、発送したダイレクトメールの数は施設数にしてのべ4719施設、医師数にして9702人という大変な数にのぼった。

次ページ2016年に実施された第1回目では…
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