実は人名、16代目「川柳」が"吐く"人間の本質

「すこしつかれてあたたかい色になる」

尾藤川柳さん(左)が指導する教室や句会は都内8か所。いま川柳句会は全国各地に広がる。(撮影:木村聡)

そんなおおらかで深い句会をさばく講師は尾藤川柳さん(57歳)。お気づきだろう、この男性こそ川柳界の大名跡「川柳」を継いだ人物だ。

《親指の最敬礼がチンと来る》

ほかでもない川柳先生の句である。句会は参加者同士で作句を評価する「互選」へと続いていた。本日の題は「お礼」。礼金やお辞儀などの直接描写が多い中、御礼メールが届いた通知音とは意表を突いた。川柳歴8年の門下生はこう語る。

「親指1本でスマホ操作している光景に託しながら、昨今の人の思いや軽さを表現された句です。着眼点、言葉の選択、表現など学ぶことは尽きません。川柳の申し子みたいな先生なので」

喝采を背中に飼ってから渇く

今春、都内で盛大に行われた「16代目川柳」襲名の会。(撮影:木村聡)

「最初は断ったんだよ」

尾藤川柳さんはまじめな顔でそう話す。本名は衡己(ひでき)。つい最近まで「一泉」という号を使っていたが、昨年逝去した15世川柳の意思と、川柳界重鎮たちの認めるところとなり、「櫻木庵尾藤川柳」と改号。晴れて宗家の柳号を継いだ。父・三柳も著名な川柳家で、師は15代目の脇屋川柳。名門の血統ゆえに「川柳」が背負う重さはわかっていた。

川柳が誕生したのは今からおよそ260年前だ。江戸浅草の名主・柄井八右衛門が始めた、五七五の句を考え競う一種の懸賞大会からとされる。「無名庵川柳」と名乗った八右衛門は、選んだ句を「誹風柳多留(はいふうやなぎだる)」という本に収め、これが刊行されると江戸庶民の間で一大ブームに。川柳の個人名は、そのまま句自体の名称にまでなっていった。

柄井川柳が72歳で没した後、「川柳」の号は彼の子息が相伝したが、4代目以降は血縁を離れ有力指導者が継承する。初代・柄井川柳から途切れず継がれ、尾藤川柳で16代目。ちなみに、歌舞伎の「市川團十郎」は12代、落語の「桂文治」は11代。力量がなければ継げない伝統の名跡としても、「川柳」は十分長い歴史を有する。

今年4月には当代川柳の「名披露目会」が行われた。都内の会場には全国から川柳関係者約300人が顔をそろえ、盛大な祝宴となった。駆けつけた大御所たちの間からは「歴代で最も精力的な川柳だろう」と、尾藤川柳に寄せられる賞賛と期待はことのほか大きい。

これまで川柳教室、公募川柳の選者、史料の掘り起こしや収集・研究など、さまざまな普及活動を続けてきた尾藤さんだが、16代目として目指すものについて、

「遊びの部分も大切にして、文芸としての川柳をちゃんとやらないと。僕の仕事は川柳の歴史文化をつぎの世代につなげること」

と語る。

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