社会学者ジグムント・バウマンは、「今後、液状化した社会(リキッド・モダニティ)の中では、旧来の地域、家族、職場という濃密で安定したコミュニティは溶けてなくなる」と警告しています。かつては、ひとつの職場という共同体に所属してさえいれば生涯安心を保障してくれました。だからこそ、人はそのひとつの職場内での自分の役割に没頭すればよかったのです。確固たるアイデンティティとは、そうした環境の中でこそ意味があったと言えます。しかし、これからは違います。バウマンはこう言います。「(私たちは)個人レベルでも相対する人間に応じて、カメレオンのように変わり続けなければならない」。
いざというときに頼れる自分が10倍になる
「一人十色」とは、自分の中には複数の「本当の自分」がいるということです。決して、仮面やキャラを演じるということではありません。私たちは周囲の対人関係に応じて、臨機応変に「出す自分」を変えているはずなのです。無人島で孤高に生きる仙人でもなければ、私たちはすべて人との関係性の中で生きている、つまり、誰かとの関係性によって出てくる自分は違って当然だし、それを「偽りの自分」であると断じる必要はないのです。いろんな人たちとの関係性の中から生まれる複数の自分はすべて「本当の自分」です。
これは、今後のコミュニティのあり方にも関係してきます。安心・安定の共同体が失われつつある中、私たちは個人で、複数のコミュニティに参加し、そこでの人との関係性によって新しい自分をどんどん生み出していく必要に迫られます。コミュニティは、安心のための居場所ではなく、自分自身を活性化するフィールドとなるのです。そして、最終的には、自分の外側とのネットワークで生まれたたくさんの自分が集積することで、自分の内側にも頼れるコミュニティが生成されることになります。
「人とつながる」ことで生まれた十色の彩りとは適応力です。いざというときに頼れる自分が10倍になるということであり、可能性も10倍になるということです。自分の中の多様性を生み出すことを意識することは、結果として、自分の内側に安心できるコミュニティを構築することにもなります。
どこに行っても、誰に対してもブレない確固たるアイデンティティこそが「本当の自分」という幻想に縛られるから、その状態にない自分自身を肯定できなくなるのです。唯一無二の自分などありません。自分の中の多様性というものを絶えず意識して、そのために人とのつながりを開発し、保持し続けていくという視点こそ、未来への適応力ではないかと思います。自分の中の多様性を育てる。それは、仕事や人間関係の唯一依存からの脱却であり、個人の社会的役割の多重化でもあります。
多様性、多様性と口ではいいながら、なかなか他人の多様性を認められない人も多い。そう言う人こそ、ぜひ「自分の中の多様性を育てる」ことに目を向けていただきたいと思います。「自分の中にある多様性」を理解できれば、自然と他人の多様性も理解できるし、尊重できるようになるのではないでしょうか。
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