33歳「ヴィジュアル系」の彼が抱く生きづらさ 適応障害、うつ病…バンドをやめて裏方に回る

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普通の人は普通に就職をして、普通に結婚をして普通に家を買って……ということをしている、その忍耐力が信じられないとKenchangさんは語る。彼の言う「普通」とはどういう人なのか聞いてみた。

「たとえばスーツを着て会社に行くということにまったく疑問を持たない人です。僕はそういうレールから外れてしまったので……。日本の会社の仕組みは株主が一番偉くて、株主の下にたくさん労働者予備軍のような人が商品として陳列されているわけじゃないですか。

その株主という日本を支配しているヤツのしもべになるために生きているのかと思うと信じられなくて。誇大妄想と言われてしまうかもしれませんが、そうやって生きるために、明るく協調性を持って文句を言わない人材にならないといけない。こういうことを『みんながやっているから当たり前』と思える人はすごいと思います」(Kenchangさん)

おそらく、サラリーマンの多くはそのあたりを割り切って働いているか、そこまで深く考えずに働いているかのどちらかではないのだろうか。Kenchangさんは生きることに対して真面目に向き合った結果、悩んでいるように思えた。

また、Kenchangさんはネットでの自己診断のみで自分は発達障害ではないかと疑っている。「きちんと病院を受診して自分の生きづらさの原因を突き止めたほうが生きやすくなるのではないかと」と筆者は受診を勧めた。発達障害かと思っていたら別の障害だったという可能性もある。

彼は今まで病院を受診しなかった理由についてこう語る。

「ゆくゆくは、バンドを事業にしたいと思っています。でもその際、障害者だと銀行から借り入れができないと聞いたことがあって。もちろん、受診したい気持ちもあります。さっきも言ったように、普通に働いている人たちに対して引け目があります。仮にバンドがバカ売れして『ああ、やってて良かった』と思える日がくればいいのですが、現状はそうではないので、普通の人は頑張っているのに自分は成果が出ていないと落ち込むこともあります。そのためには診断が下りたほうが楽になるのかもしれません」(Kenchangさん)

バンドを脱退し裏方へ

病院を受診していないものの、彼は生きづらさから発達障害を疑っている。今回のインタビューの文字起こしの原稿を読み返していると、こちらの質問と回答が噛み合っていないことに気づいた。

質問の回答ではなく、自分が伝えたいことのみを答えている。記事化するにあたり、調整して違和感をなくすようにしたが、就活時に面接官の質問の意図が読めなかったというのはこういうことだったのかもしれない。彼の苦しみが文字起こし原稿から伝わってきた。

数日後、Kenchangさんより心療内科を受診したと聞いた。まずは性格の傾向のテストを受け、発達障害のテストの結果はまだ先になるという。性格の傾向のテストが出たら報告をしてくれるということだった。

しかしその数時間後、Kenchangさんが5月12日のワンマンライブを最後にバンドのステージからは去り、裏方に回るという報告のブログを更新していることに気づいた。その理由の一つに、バンド活動における人間関係に疲れ果てて精神的に厳しい状態、しかし支えてくれたバンドメンバーには感謝しているといった気持ちが綴ってあった。インタビュー時も、人とのコミュニケーションが難しいと語っていたが、とうとう限界を感じてしまったのかもしれない。

Kenchangさんは表舞台からはいったん身を引くが、大好きな音楽にはこれからも携わっていく。まずは通院により、少しずつ生きづらさの原因を取り除いていってもらいたい。そうすれば、さらに音楽を楽しめるようになるのではないだろうか。

姫野 桂 フリーライター

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ひめの けい / Kei Himeno

1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをしつつヴィジュアル系バンドの追っかけに明け暮れる。現在は週刊誌やWebなどで執筆中。専門は性、社会問題、生きづらさ。猫が好きすぎて愛玩動物飼養管理士2級を取得。趣味はサウナ。

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