国境の川を渡ってきた脱北者が語ったこと

「川のほとりで父の弔いをした」

カンさん(28)の両親は、カンさんが2010年に韓国に脱北した後に、中国国境を経由してコートを送ってくれた。

「母親にこのコートを送ってほしいと頼んだわけではなかったのに。でも私が寒がりだと知っていたから送ってくれた」と、カンさんは言う。彼女は、下の名前の公表を拒んだ。母親は、一緒に蜂蜜も送ったというが、途中で紛失されてしまった。

「このコートは、犬の毛皮。どんな犬かは知らない。2010年当時、約70万北朝鮮ウォン(非公式レートで88ドル=約9500円)もして、本当に高価だった。北朝鮮出身の友人が、中国まで引き取りに行ってくれた。

「受け取ったとき、すぐに気に入った。母が大枚をはたいたに違いないと思った。私の父は党職員で、家族は自家用車を持ち、特別なアパートに住んでいた。

「普通の人は、こんなに高価なコートを着ることができない。兵士でもそうだ。将校は買えるだろう。国境警備隊の隊員も。この種類のコートを買うのは、簡単ではなかった。でも、次第にニセモノが出回るようになった。

「国は、この種のコートを取り締まっていた。本来は軍の支給品なので、デザインを勝手に変える人を監視していた。見ただけで、私のコートは、正規品ではなく、模造品だと分かる。

「模造品は、正規品とだいぶ見た目が違う。軍の将校も、正規品よりデザインがいい模造品の方を好んでいた。裕福な家の子どもがよく着ていた。

「私はこれを着ると太って見えるので、ここでは着ていない。修理すれば、着られると思う」

国境の収容所から脱出

イ・ウイリュクさん(30)は、中国国境に近い穏城(オンソン)の出身。2010年に脱北する際、身分証明書を持って逃げた。

「北朝鮮を去るとき、身分証明書を持ってきた。発行日は、主体暦95年11月7日(2006年11月7日)だ。

「血液型はA型と書いてあるが、実際はO型だ。北朝鮮で暮らした23年の間、ずっと自分の血液型はAだと思っていた。血液型検査もせずに身分証に適当に記入していたのだ。

「私は、金正日(総書記)の誕生日ごろに韓国に逃れようとして捕まった。誕生日の前後は、国境警備が強化されるのだ。

「灯台下暗しというので、私は警備の鼻先を抜けて(川を)渡れると思っていた。

「私が図們江から逃げようとすると、兵士たちは私に向かって発砲してきた。なんとか逃げおおせて隠れたが、誰かが密告し、捕まってしまった。保衛省(秘密警察)に3カ月拘束され、尋問された。韓国への逃亡を試みたとして、私は政治犯収容所に送られることになった。

「私は、収容所に送られる途中で逃亡した。身を隠し、何とか姉の家までたどり着いた。写真を持ち出したのはそのときだ。帰郷は容易ではなかったので、どこか離れた地域の山中に隠れることにした。

「捕まらずに移動するには、身分証が必要だった。この12枚の写真は、思い出に浸りたいときのために持ってきた。

「忘れないように、裏に何の写真か書き留めておいた」

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