「新人教育」を嫌厭する20代若手社員の言い分 そんな場合に管理職はどう対応するべきか

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ところが、当の若手自身は、自分はいろいろな育成を受けてきていたとしても、タイトルのように新人教育などをさせられることについてはあまり乗り気にならないことも多いようです。しかし、それを単純に若手のわがままとするのは一方的過ぎるかもしれません。というのも、20代の若手が新人教育をしようと思えないことにはいくつも理由があるからです。その中でも第一の理由は、「そもそも20代はまだ後進を育てようと素直に思える時期ではない」ということです。

自分自身が社会に入ったばかりで、学習や成長の途中であるわけですし、さらにグローバル化等の影響から大競争の最中におり、人の面倒を見ていられるような状況ではない。そんなときに、「後輩の教育も頼む」と言われても、素直に「はい、わかりました」と承諾するでしょうか。育てることにパワーをかけたことによって自分の業績が下がるかもしれませんし、育てた新人が自分を追い越して自分のポジションが危なくなるかもしれません。なんのインセンティブもなければ、やる気がなくなるのも当然です。

そもそも育成には向いていない

しかも、精神的な発達課題という面においても、20代は育成に向いているとは言えません。エリクソンのライフサイクル理論によれば、20代の初めは青年期(12歳〜22歳)の後半で「アイデンティティ(≒自分らしさ)」の獲得であり、その後結婚するまでの時期は成人期と呼ばれ、「親密性」といって、他者(特に異性)と情緒的で長期的な親密な関係を築くことが課題とされています。言うならば、他人を育成することよりも前にまず他人と仲良くなることや愛することが第一課題です。

エリクソンによれば、そういう時期を踏まえた後にやってくる、子を産み育てる人が多くなる壮年期の発達課題こそが、親しくなった人や次の世代を育てることに関心を持つことです。これを世代性とか生殖性(原語:Generativity)と言います。この時期ならちょうど後進の育成にも自然に興味を持つでしょうが、それ以前の20代とは育成という仕事と発達課題がマッチしないのです。

しかし、このような逆風の中であっても、何人も部下を抱える管理職が新人教育まで面倒をみきれないので、なんとか若手に協力してもらわなくてはなりません。そのためには、まず、これまで述べたように、若手は新人育成などしたくないということを理解して、「協力」してもらうのだということを肝に銘じるべきです。「協力」なのですから、責任はもちろん我々オッサン世代が取ると宣言すべきですし、育成の中において、できるだけ負荷を減らし、なるべく楽しい仕事を任せ、嫌な仕事は率先して引き受けるべきです。

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