地上波バラエティ、実は今が「第2の創生期」だ 「てれびのスキマ」的バラエティ論

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一方、「M―1グランプリ」(朝日放送)などのお笑い賞レース番組が皮切りになり、若手芸人ブームが到来。テレビ界における芸人の地位や需要が飛躍的に向上していった。地位が下がったテレビのなかで芸人の地位が上がったことで歪みが生まれてしまう。それまで特別な芸人だけが担っていた“ご意見番”的なポジションを、数多くの芸人が担うようになり、芸人にも“正しさ”が求められるようになってしまったのだ。ひとたび、そこから外れれば、テレビを下に見ている視聴者からの批判の格好の標的となり、大きな炎上となってしまう。

強いタレントによるハラスメント要素がある番組が嫌われるなか、「コンプライアンス遵守」という名のクレームに怯える自主規制の波が後押しし、タレントが中心となって自由に悪ふざけをするようなタレントバラエティを作るのは難しくなってしまったのだ。

また、ネットで簡単に情報を得られるようになったことから、“テレビ的なウソ”は通用しなくなった。こうした演出は、いみじくもとんねるずなどが、かつて「お約束」などと呼んで武器にしていた。それを内輪として楽しんでいた視聴者は寛容に、むしろ“美しいウソ”として喜んでいたが、そうではなくなった。逆に“テレビ的”なものに対するアレルギーが現在蔓延している。テレビ的な演出を排し、きわめてシンプルに初期衝動だけで作ったような「緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦」(テレビ東京)などをはじめとする“テレ東的”バラエティが今受けているのは、その証明だ。今後はこれまで以上にリアリティをむき出しにした企画性の高い番組が求められていくだろう。

ネット配信番組の台頭は新たな “テレビ的”チャンスだ

今、地上波のテレビバラエティは大きな転換期を迎えている。少し前までは、予算も質も人材も明らかに地上波テレビに見劣りしていたネット配信サービスは、今や地上波と同等、凌駕するものも少なくなくなってきた。

だが、出演者も作り手も地上波の第一線で活躍する人たち。つまり、よく敵対構造で語られがちなネット番組だが、実際はそうではなく、テレビと地続きなのだ。視聴者にとってもタレントやテレビマンにとっても、テレビの可能性や楽しみ方が広がっただけ。今は「地上波ではできない」などという言葉が売り文句として使われるが、近いうちにそれすら時代遅れになっていくだろう。もっと前向きで幸福な棲み分けをしていかなければならない。それには抜本的な意識改革が必要になるが、一方で大きなチャンスとも言える。

いわば、テレビは第2の創生期を迎えているのだ。テレビの長い歴史のなかで蔓延ったしがらみや、固定観念で濁った水を全部抜いて見えた光景から、新たな“テレビ的”な価値観を生まなければならない。

戸部田 誠 (てれびのスキマ)ライター

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とべた まこと / Makoto Tobeta

1978年生まれ。静岡県出身。読売新聞、日刊ゲンダイ、「水道橋博士のメルマ旬報」、『週刊文春』、『週刊SPA!』、『CREA』などで連載。著書に『タモリ学』(イーストプレス)、『1989年のテレビっ子』(双葉社)、『笑福亭鶴瓶論』(新潮社)、『全部やれ。日本テレビえげつない勝ち方』(文藝春秋)など。ギャラクシー賞テレビ部門委員。

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