潜入ルポ、「遵法意識」が乏しい中国人の実像 働いてみると日本人が知らないことだらけ

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ほかにも、食器などの洗い物用のシンクに直置きして野菜やシジミを洗ったり、床のコンクリートにまな板を置き、魚を切り分けたり。世界第二位の経済大国とは思えないワイルドさである。衛生意識が低いのかと思いきや、まかない料理のときの光景に著者は驚愕する。

“スタッフたちは自分が使う食器には湯沸かし器の熱湯を丁寧にかけ、入念に消毒してからご飯をよそっていた。客が使う食器にはそこまでしないので唖然としたが、私も真似して熱湯消毒した”

衛生意識、全く低くない。むしろ、意識高い。自分や身内は大事にするが、それ以外の人は風景な中国人らしい一面が、仕事でも貫かれている。仕事は仕事だろと突っ込みたくなるが、良くも悪くもゆるくていいかげんなのだ。

西洋的な遵法意識の感覚が乏しいだけ

遊園地への潜入でも「ゆるさ」を目の当たりにする。著者は、インターネットでディズニーの「7人の小人」やドナルドダックと来場者が戯れる「パクり」遊園地を見つけ、働き出す。かつて、全中邦を揺るがしたパクり遊園地問題があったにもかかわらず、根性が太い。

潜入すると、早速、ミッキーマウスのかぶり物が転がっていたのでかぶりたいと訴えると、言葉を濁されて拒否される。かつては現場の判断でミッキーを勝手にかぶっていたらしいが、パクり問題で揺れたときに、上層部に怒られ、さすがに今では使えないらしい。それでも、7人の小人はディズニーをもろパクりなのに、単なる小人だから著作権に触れないからと、堂々とパレードしている。わかるようでわからない。

パレードだけでなく園内のクレーンゲームにはドラえもんなどのパクり人形が所狭しと並ぶ。著者が同僚に「問題ないのか」と聞くと、ドラえもんのパクりなんてそこらにあるから問題ないと答えられる。バレなきゃ、オッケーな姿勢は著者が言うように、ある意味すがすがしいかも。

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「メディアが伝えるように中国、ヤバイ」と思うかもしれないが、著者が潜入した現場で働く人々は至って普通なのだ。全くもって職場に絶望していないし、ムダな希望も抱かない。著者が日本人だとわかっても、敬遠したり、いやがらせしたりしない。西洋的な遵法意識の感覚が乏しいだけで、寿司を一生懸命に握るし、無邪気にかぶりものをする。

7つの現場への潜入から見えてくるのは、人材の流動性の高さだ。確かに専門的なスキルが求められないとはいえ、いずれも単純労働でなく、経験がものをいう現場である。著者が中国語を苦にしないというのは大きいが、履歴書を持って行って「経験がある」とはったりをかますと採用される。潜入ルポというと潜入までのプロセスがひとつの醍醐味だが、驚くほどあっさりした現場もある。

解雇規制がないからなせる業かもしれないが、人にせよ事業にせよ、とりあず雇ってみたり、やってみたりして、ダメならそこでまた考える。著者が指摘するように、この緩さ、良く言えば臨機応変さが中国の強みかもしれない。今、日本に必要なのは、このノリかも。

栗下 直也 HONZ

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くりした なおや

1980年生まれ、東京都出身。大学院修了後、半年間の無職生活を経て、産業専門紙に記者職で拾われる。現在は電機業界を担当。HONZでは新橋ガード下系サラリーマン担当を自認する。紹介する本は社会科学系、人文系、ルポ、お酒の本が中心。

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