「日本の97年当時に酷似 警戒すべき『第2の危機』」−−五味廣文 前金融庁長官
五味廣文氏は、1990年代以降の日本が不良債権処理に苦しむ中、大蔵省、金融監督庁、金融庁の幹部として問題解決に関与してきた。政策の失敗も含め、日本のバブル処理の過程と苦難を最もよく知る人物の一人だ。その五味氏は今の米金融危機をどう見ているのか。
--日本の90年代の経験から照らして、今の米国の現状は。
山一証券、北海道拓殖銀行が相次ぎ破綻し、短期金融市場でも疑心暗鬼が強まった97年秋から98年にかけての状況に酷似している。当時、日本は大きな失敗をした。98年3月、いわゆる「佐々波委員会」(金融危機管理審査委員会)の決定を基に、大手21行に対し一律1000億円程度の極めて小規模な公的資金投入を実施し、これがかえってマーケットの混乱を増幅してしまった。今の米国は、日本と同じ轍を踏むか否かの重大な岐路に差しかかっているのではないか。
--米国の不良資産買い取り制度はうまく機能するでしょうか。
それは危機解決に向けた手段の一つではある。しかし、買い取り価格の値付けや買い取る資産の規模・範囲など、技術的に説明が難しい。買い取りを徹底するなら簿価で買い取るのがいいが、納税者は到底納得できない。逆に、日本が99年に設立した整理回収機構のように、国民が納得する形で厳しく時価で査定すれば、なかなか買い取りが進まず、不良資産が金融機関に残ったままになる。用意していた公的資金枠を使い切らず、逆にマーケットの疑心暗鬼を強める結果にもなりかねない。
これに対して金融機関への直接資本投入は、買い取る金融機関の株式に時価があるため、この点は説明しやすい。問題は、トータルの必要額だ。佐々波委員会では、金融機関の実態を十分把握しないまま投入してしまった。その後、98年の夏から秋にかけ、金融監督庁と日銀考査局が連携して大手行への集中検査を行い、債務超過が判明した日本長期信用銀行と日本債券信用銀行の国有化に踏み切った。そして翌99年3月、大手15行に2回目の公的資金として約7・5兆円が投入された。
当局の責任で全体の実態把握が必要だが、米国はまだそこまでできていないと思われる。証券化商品や簿外資産など実態も複雑化している。本来なら3月のベアー・スターンズ処理の際に、主要金融機関にどれほどの資本不足があるのか把握しておくべきだった。実態が把握できれば、どこまで対策を採るべきかトータルなプランを策定することもできる。
--FRBなど当局はまず実態把握を急ぐべきでしょうか。
それも必要だが、今の段階となっては、時間的な猶予は言っていられない。日本では山一破綻から第2次公的資金投入まで1年半かかったが、今の金融危機は事態の進展が極めて速い。短期金融市場ではリーマン破綻後に大幅に拡大したスプレッド(上乗せ金利)があまり低下しておらず、流動性危機は続いている。事態進展の速度や現状を考えれば、米国当局の対応は決して迅速かつ十分とはいえない。日本の失敗を本当に学んでいたら、もっと早くに実態を把握できていたはずだ。
危機がここまで進展した以上、今はまず、不良資産買い取り制度をマーケットが納得する形で仕上げて、早急に実行に移すことが大事だ。電源を入れないことには、時間稼ぎにもならない。ただ、実効性にもよるが、買い取り制度が効果を上げるには時間を要する可能性がある。そのため、実際に使うかは別として、金融機関への直接資本投入に対する政府のコミットメント(意思表明)を何らかの形で打ち出す必要があるのではないか。当局の危機対応力に対するマーケットの疑念を払拭しなければならない。