「文書改ざん」は社会基盤を脅かす危険行為だ なぜ「アーカイブズ」が大事なのか

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ありのままの事実を記録し積み上げていくことは、国家の足腰も強くする。「アーカイバル・ヘゲモニー」という言葉をご存じだろうか。記録を残し積極的に公開する側こそが歴史をつくるという考え方だ。

最近、司馬遼太郎賞を受賞して話題の『秘密解除 ロッキード事件』(奥山俊宏、岩波書店)は、おもにアメリカで公開された秘密文書をもとに書かれている。質量ともにアメリカで公開されている記録のほうが充実しているからだ。戦後の日米関係の歴史は、悔しいが今後もアメリカ側の視点で語られた歴史がスタンダードとなるだろう。公文書管理と情報公開において、日米の差は歴然としていると言わざるを得ない。

急速な近代化の代償として生まれた記録保存軽視の傾向

だが歴史を振り返れば、日本にだってアーカイブズの脈々たる伝統は存在したのだ。古くは正倉院文書にはじまる現存する古文書の量は世界最大級ともいわれる。その流れが変わったのは明治時代である。近代国家に仲間入りしようと背伸びをしたために、行政組織が急拡大され、事務量も一挙に増大して、文書管理が追いつかなくなってしまった。

加えて明治期の公務員は「天皇の官吏」で、国民に対する説明責任の意識など持っていなかった。いずれにしろ急速な近代化の代償として生まれた記録保存軽視の傾向が、太平洋戦争終結時に軍部を中心に大量の公文書が焼却されることにもつながっていく。

その傾向は公文書管理法が施行された後も変わっていない。公開したくない資料は「私的メモ」とされ、議事録も作成されない。その結果、たとえばTPPの交渉過程ひとつとっても、後世の人間が検証しようにも「なんだかよくわからないうちに決まってしまった」ということしかわからない。責任の所在は曖昧になり、責任を問われないとなれば、政治家の言葉もますます軽いものになっていく。悪循環だ。

『アーカイブズが社会を変える-公文書管理法と情報革命』(平凡社新書)

先日まで冬季オリンピック・パラリンピックに夢中になっていたので、つい結びつけたくなるのだが、大舞台での選手の圧倒的なパフォーマンスを支えているのは、日々の地道なトレーニングだ。公文書の管理もこれと似ている。アスリートが単調な筋トレを黙々と繰り返すのと同じように、コツコツと事実を記録していく。

だがその地味な作業の成果は、着実に社会の底力として蓄えられていく。失敗しても前に進むことが出来るのは、検証のための材料があればこそで、「失われた20年」などと言っている社会は本来おかしいのだ。

事実を記録していくことで後世に資するという考えは、公共の意識にもつながる。都合の悪い記録を残すのはたしかに勇気がいる。だがそれが後世の人々の役に立つかもしれないからこそ、勇気を奮って残すのではないか。

文書改竄問題が投げかけるのは、「私たちはどんな未来を望むのか」という問いだ。いまよりも少しでも良い未来を望むなら、この問題を機に私たちが何をやらなければならないか、その答えはもう明らかだ。

首藤 淳哉 HONZ
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