列車は都心から西に向かっている。
車窓に広がる水田に、雪を頂いた山々の姿がくっきりと映っている。田植えの盛りの季節であり、腰を折り農作業に精を出す人々が後方に飛ぶように流れてゆく。
江田二郎は窓の外を見ながら、
「稲は秋には実る」
と、あたりまえのことを口ずさんだ。
「えっ、なんかいった?」
と、二郎の前の席に進行方向に向かって座る少女が尋ねた。
「ああ、なんでもないよ」
少女の名はアザミ。二郎の妹の三奈の娘である。三奈は半年前に経営する会社の本社を都心の西の地方都市に移転し、平日はそこに単身で住んでいる。私立小学校に通うアザミは父親と一緒に都心に居残った。
明日は二郎たちの父、アザミの祖父の命日で、墓参りのために二郎はアザミを連れてこの列車に乗った。この線路の沿線に本社を置く三奈は途中の駅で乗ってくる。
「おじいちゃんの話、もっと聞かせてよ」
まもなく世界が終わる
アザミの手には携帯型のゲーム機が握られているが、飽きたのだろう。ゲームで遊ぶよりも昔の話を聞きたがるなど自分が子どものころにはありえなかった。この世がまもなく終わるとなれば、子どもといえども自分のルーツを知りたくなるということなのか。
「どこまで話したっけ」
「おじいちゃんは大蔵省という役所で税金の仕組みをつくる担当をしていて、一般消費税という税金をつくろうと頑張っていたというところまで聞いた」
「そうだったな」と、二郎はうなずき、「そのころ景気がひどく悪くなって、税金が十分に集まらなくて、政府はいっぱい借金をした。そのときの総理大臣は、孫の代に借金を残してはならないといって、借金をなんとかするために新しい税金を作らなくてはいけないと考えた。税金は所得か消費か資産にかけるものなんだけど、当時は所得にばかり税金がかかっていた。だから消費にかける税金をつくって借金を返そうと総理大臣たちは考えたんだ。おじいちゃんはその税金のために頑張った」
二郎は話を区切ってアザミの表情を見た。平易に話したつもりでも難しすぎたか、と思ったのだが、アザミは二郎の目をしっかりと見返している。二郎は安堵し、続けた。
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