家族を捨てたことに対し、謝罪ひとつしなかった父親――。行きすぎにも見える父親への要求は、ユウマさんなりの復讐であり、執着だったのかもしれない。そのうえで彼はこう続けた。
「父親を見返すためにも、もっと頑張れと言いたいですか? でも、僕にはそんな元気も動機もない。なぜならゲイだから。みんなが当たり前に描ける未来がないのに。どう頑張ればいいのかわからないんです」
確執しかなかった父親も数年前、ガンで他界した。
もし理想の社会が実現できたとしても…
取材で会ったユウマさんは、身ぎれいで、かすかに甘い香水の香りをまとっていた。一見して、いわゆる貧困状態にある人とは思えない。彼は自宅での取材を希望した。喫茶店のような場所で、ゲイや非正規労働者であることについて話すのは嫌だというのだ。
自宅は家賃6万円のワンルーム。室内はポプリの香りが漂い、間接照明で光が柔らかく調整されていた。床は掃除が行き届き、日用品は手際よく収納ボックスに収められている。「なかなか節約の仕方がわかりません」と言うが、ポプリも香水もずいぶん前に買ったものだ。私にはぜいたくと言うよりも、育ちのよさがうかがえる暮らしぶりに見えた。
ユウマさんはゲイであることを話すのは、子どもの頃に姉に打ち明けて以来のことだと言った。自身の性的指向を隠すことを「クローゼット」という。クローゼットの中、暗闇に閉じこもって生きる――。その孤独を私は決して理解することはできない。
私はLGBTに対する差別や偏見、からかいがなくなれば、それがゴールなのだと思っていた。今も、レインボープライドの趣旨は支持するし、宮中晩餐会への国賓の同性パートナー出席に反対するような政治家には、嫌悪感しか覚えない。しかし、もし理想の社会が実現できたとしても、LGBTが絶対的なマイノリティであることに変わりはない。ユウマさんの世界が一転して彩りを持つことは多分、ない。
同性愛者であることに苦しんだイギリス人の作家E・M・フォースターは死後、発表された小説の中にこんな一節を残した。
「まともになりたいと、私は心の底から願う。ほかの人々のようになりたい。つまはじきの自分ではなく」
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