ヘリコプターマネーを実行するとどうなるか 高齢化が進む日本経済をモデルに考えてみる

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深刻な問題が起こるのは将来だ。高齢化が進んで多くの会員が高齢となって自分では家事が行えなくなり、保有している家事支援の利用券を使おうとすると、家事支援をする人が足りないという問題が起こる。

ここで家事支援の会の事務局が何も手を打たず、需給の調整を市場に任せてしまうと、需要超過から家事支援の価格が上昇してしまうはずだ。1日の家事支援に必要な利用券の枚数は1枚だったはずなのに、1.1枚、1.2枚・・・と上昇して行ってしまう。つまりは、インフレが起こるのだ。需要の超過が起こらないようにするには、人々が持っている券を何らかの方法で大量に回収することが必要だ。たとえば全員が保有している券の2割を会の事務局が取り上げるというような方法になるだろう。会員から強い不満が出てくることは避けられない。

高インフレになったら沈静化は難しい

これは、現実の経済で言えばインフレを防止するために、大幅な増税や強い金融引き締めを行ってインフレが加速しないようにするようなものだ。増税は不人気な政策であり実際に実行できるかは定かではない。ヘリコプターマネーを使っても、将来インフレをコントロールできると主張する人たちは、政府や日銀が常に最適な政策を実行することができるということを暗黙のうちに仮定している。だが、それは過去の歴史を考えれば極めて怪しい想定だ。強力な政策でインフレの加速を抑制するというインフレターゲット政策について、現在の時点で国民的な合意ができたとしても、実際に強い金融引き締めや大規模な増税を行おうとすれば、政治的な反発が非常に大きくなるので実施できるかどうか怪しいものだ。

1979年にFRB議長となったボルカー氏の下で、米国ではマネーストック(サプライ)の伸びを抑え込む金融政策が行われて、何とかインフレを鎮静化することができた。しかしこの間に米国は著しい不況となり、1982年には失業率は10.8%にまで達する。高インフレを鎮静化したボルカー議長は感謝されるどころか、石をもって追われるようにその職を去らねばならなかった。

1枚で1日分の支援という約束を守るためには、必要度の高い人に優先的にサービスを提供するとか、統制経済下の配給のように利用は一人当たり毎月10日までなどの制限を設けるといった方法で割り当てを行う必要がある。価格は上昇しないものの、会員は当初期待したようなサービスを受けられないので、生活に困ることに変わりはないだろう。

異次元緩和を続けていくことの問題や出口で起こる問題として、インフレにはならないが財政破たんが起きることや、日銀が大幅な損失を抱えて債務超過になるというケースを懸念する人がいる。しかし、もしもインフレにならないのであれば日銀は国債の大量購入を続けることが可能であるなど、まだ深刻な問題を回避する余地があるだろう。

高齢化が進むことで日本経済がインフレに転じる、あるいは日本の財政や日銀への信認が低下して海外への大量の資金逃避がおこり大幅な円安による輸入物価の上昇からインフレになるなど、インフレの制御が困難になるというのが可能性としては高く、対処が困難な問題に直面するシナリオではないだろうか。

櫨 浩一 学習院大学 特別客員教授

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はじ こういち / Koichi Haji

1955年生まれ。東京大学理学部卒業。同大学院理学系研究科修士課程修了。1981年経済企画庁(現内閣府)入庁、1992年からニッセイ基礎研究所。2012年同社専務理事。2020年4月より学習院大学経済学部特別客員教授。東京工業大学大学院社会理工学研究科連携教授。著書に『貯蓄率ゼロ経済』(日経ビジネス人文庫)、『日本経済が何をやってもダメな本当の理由』(日本経済新聞出版社、2011年6月)、『日本経済の呪縛―日本を惑わす金融資産という幻想 』(東洋経済新報社、2014年3月)。経済の短期的な動向だけでなく、長期的な構造変化に注目している

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