職人夫婦が築いた「町のパン屋」の新しい形 個人店だからできることがいっぱいある

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パン業界では、周囲の半径500メートルに人口が1万5000人いると、パン屋1軒が成り立つといわれるが、ティコパンの周囲は約1万9000人いるうえ、景気に左右される不労所得ではなく、自ら働いて稼ぐ住民が多いことにも着目した。実際、駅から遠い立地でも、数多くの常連を抱える店に育っている。

今後は、生地を伸ばすリバースシーター(パイローラー)と、均一な火力を保てるコンベクションオーブンを導入し、クロワッサンなども作りたいという。衛生面などの管理に自信ができたら、自家製粉にも挑戦したい。より密度の高い製造空間を作り、高品質なパンを効率的に作る工夫を重ねていく2人の挑戦は、始まったばかりだ。

パン業界に必要だった要素を省いていった

中島夫妻の試みは、はからずも大量生産の限界を明らかにしている。消費者の食の安全や安心に対する要求が高くなり、食品製造現場では、安定した品質を保ちながら、衛生面はもちろん、材料の安全性も追求しなければならなくなっている。現代は、大量生産が必ずしも生産性が高い、とはいえない時代に突入しているのかもしれない。

広い店、便利な駅前、扱いやすい外国産小麦の小麦粉に食品添加物、生の野菜や果物。通常は必要とされるが、中島夫妻にとっては不要な要素を排除していった結果、リーズナブルな価格で品質の高いパンを売ることが可能になった。

技術と経営の合理化の追求を語る直樹氏からは、やりたい仕事に向かって邁進する喜びが感じられた。それは、高い技術を持つ自身と相棒がいるからでもある。

実は、ティコパンには、ビルオーナーの応援もある。「大家さんは、自分のおカネで買ったパンを、営業でいろいろなところに持っていってくださる。本当にありがたいです」。高い品質の製品を誠実に作る人には、頼もしいサポーターがつく。それは、おそらく店の常連などの形で今後も増えていくのではないだろうか。

阿古 真理 作家・生活史研究家

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あこ まり / Mari Aco

1968年兵庫県生まれ。神戸女学院大学文学部卒業。女性の生き方や家族、食、暮らしをテーマに、ルポを執筆。著書に『『平成・令和 食ブーム総ざらい』(集英社インターナショナル)』『日本外食全史』(亜紀書房)『料理に対する「ねばならない」を捨てたら、うつの自分を受け入れられた』(幻冬舎)など。

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