日本人の教養と、根深い西洋コンプレックス 山折哲雄×鷲田清一(その1)

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知識化、断片化してしまった日本の教養

山折:そして、戦後の教養というのは、知識としての教養になってしまうわけです。

鷲田:しかもすごく断片化されている。

山折:だから、「本当の知識人になるには専門家にならないといけない、大学の学部では狭い世界のことを深くやらなければならない」というふうになっていく。教養という考え方自体が、細片化、断片化、細分化されてしまって、逆に軽蔑の対象になってしまう。そして結局、教養の有無が、何かを知っているか知っていないかによって測られるようになってしまった。

その話との関連でいうと、私は親戚にひとりだけ秀才がいたんですよ。

鷲田:先生ではなくて?

山折:もちろん私ではない。彼は旧制一高から東大に入って、卒業後は銀行に就職しました。彼の家に遊びに行くと、まず岩波文庫を全部読んだという自慢話から始まる(笑)。岩波文庫を何冊読むかで教養を競っているわけです。

鷲田:私も高校時代までそれをひきずっていました。私が高校のときは、岩波文庫ではなく、岩波新書。それと私が子供のときは、河出書房や新潮社の箱に入った文学全集。高校生のときは、『Nature(ネイチャー)』ですね。

山折:そうした教養は、単に知識が積み重なっていくだけですよ。だけど、それが専門家になるために役立つかというと、そうでもない。大学に入って、学部や大学院で論文を書く場合、そうした教養的な知識を論文の中に詰め込むと、必ず「専門論文には必要ない。削れ」と言われました。

鷲田:つまり、学問自体が細分化してきていますから、邪魔になってしまう。教養的な知識は、素人の談義みたいにとられてしまいます。

山折:広い教養を身に付けて、その果てに学問がある、学問の成熟した姿があるんだという考え方が、学部で断ち切られているわけです。さすがに東京大学だけは、「それはおかしい」という反省が早く働いて、教養学部をつくるわけですが。

(司会・構成:佐々木紀彦、撮影:ヒラオカスタジオ)

※ 続きは9月10日(火)に掲載します

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