井沢:でも、それは違うんです。綱吉が将軍に就く前までは、まだ戦国の余韻が残っていてたいへん殺伐とした世の中でした。ところが「生類憐みの令」によって、「人間どころか、動物を殺すなんてとんでもない」という風潮が生まれた。実はこの法律は、人命尊重という意識を日本に定着させた画期的なものだったのです。
人間の意識を変えるためには「劇薬」が必要です。その劇薬をもって当時の意識の大変革をやってのけた綱吉は、「バカ将軍」ではなく「名君」。しかし画期的なことがなかなか理解されないのは、学問も政策も同じですね。
経済学者は歴史的事象を表層的に比較している
中原:そういう見方を提示してくれるのが井沢流歴史観の醍醐味ですね。私が経済を見るうえで大事にしている2つ目の視点は、まさに歴史学なんです。
私は大学で歴史学を学びましたが、そもそも「歴史」と「歴史学」は分けて考える必要があります。「歴史」とは、たとえば政治史や軍事史上の大きな事象を表層的な知識としてとらえること。それに対して「歴史学」とは、その知識をもとに比較したり内容を分析したりしながら、その事象の真実を見極めること、そしてその結果を将来に生かすことです。同じ失敗を繰り返さないために、どうすればいいのかを考える学問なのです。
この観点から経済学者の方々を見ると、不思議に思うことがよくあります。歴史的事象を表層的に比較しているだけの場合が多いからです。これでは現実を見誤ります。その事象の背景には、当時の文化、人々の価値観、生活スタイルなどさまざまな要素が絡んでいる。それを考慮しないと、本当のことはわかりません。
井沢:僕は、経済学は全然ダメですが、歴史学に対する考え方にはまったく賛成です。歴史の背景には必ず哲学があり、その時々の人間の営みがある。そもそも哲学が人間を動かし、歴史を動かし、経済を動かしているわけです。このあたりのことを、歴史学者はいちばんわかっていませんね。
中原:経済学者もそうです。たとえば2014年に消費税率が引き上げられたとき、「1997年の増税が失敗だったから、今回も失敗する」と反対する経済学者がけっこういました。しかしこれは、正確な比較ではない。1997年と2014年とでは、経済状況がまったく違いますから。
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