仏教に学べ!”大志”を抱くススメ

大きな超越との遭遇があなたを変える

小志が育って大志となる

 その疑問に答えるように、こう書かれています。

・一定期間、人生をかけてコミットする目標=「小志」

・一生涯を通じて達成しようとするもの=「大志」

こう言われると、「大志こそが志と呼べるものであって、小志などは目先の目標にすぎない」と反応したくなる気持ちもでてきますが、ここでわざわざ小志と大志がなぜ分けて語られているかといえば、無数の小志の積み重ねの上に初めて大志が成されるからです。

「自分だけの大きな夢をつかもう」と自己実現に邁進する人が、松下幸之助など「志を立てよう」と語る偉大な先人たちの言葉に感化されて、できるだけ大きな志を抱きたいと思いながらなかなかうまくいかず、前に進めなくなってしまうということがあります。

しかし、よく考えてみれば、人は自分の器以上の志を立てることはできません。現在の自分が持つ、能力の高さや視野の広さ、あるいは取り巻く人々の意識の高さといった各種条件が自分の器の大きさを決め、その器で抱きうる最大の目標が志となります。大切なことは、その器は、あらかじめ決められたものではないし、努力やご縁次第でどんどん育てていくことが可能であるということです。

偉大な成功者たちが成功した後に人生を振り返って語るとき、その地点での器からすべてのものを見ますので、どうしてもそこで語られる志は壮大なものになりがちです。

しかし、この本でも言っていますが、ほとんどの成功者たちはその道のりを歩み始めた最初の段階では、それほど大きな志は持っていません。初めから大志があったわけではないのです。むしろ、歩みの過程で人間としての器がしだいに大きくなり、それに従って、器に応じて抱きうる志も大きくなっていきます。その繰り返しの中で、大志が自然に育ってくるのです。

親鸞など、歴史に残る仏教者の人生を見ていると、その人の器をぐっと大きくするのは、やはり人との出会いが大きいように思います。自分の限界地点をはるかに超える人物に出会ったときに、器が広がり、それに応じて志も大きくなります。

また、平均寿命が極めて短かった鎌倉時代などは「人生をかけて」が本当に命をかけて取り組むレベルでの重みを持っていますので、かえって現代よりも大きな志が追求しやすい環境だったのかもしれません。リーダーシップ開発において日頃から死を想うことの重要性がしばしば言われますが、それもここに関係していると思います。

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