ここで忘れてならないのは、先例主義のアメリカにおけるウォーターゲート事件捜査である。その経緯については、本欄「『コミー証言』証拠価値に疑問符がつく理由」で詳述した。要は、ニクソン元大統領から特別検察官の解任を命令され、それを拒否して辞任したエリオット・リチャードソン元司法長官の存在だ。リチャードソン氏の振る舞いは、全米の拍手喝采を浴び、一気にニクソン弾劾への流れを加速させた。
その先例に倣うなら、ミュラー特別検察官は、アメリカ法の世界の「広報戦略」などに打って出ずに、沈黙を押し通して、トランプ氏に解任させる戦法を取るべきではなかったか。リベンジとして、やり返したのは致命的なミスだったのではないか。
つまり、ミュラー氏側の「広報戦略」はかえって裏目に出たのではないか。ワシントンポスト紙の報道にコメントもせず、結果的に「広報戦略」をし、トランプ大統領の感情的な「おとりの広報戦略」にまんまと乗せられてしまった。そのマイナスは大きい。
法律家が考える3つの論点とは?
ミュラー特別検察官が打って出た「広報戦略」は、法律家が事案を有利に持ち込むための1つの論点といえる。今回、そのほかにも2つの論点がある。1つは「訴訟」、もう1つは「ロビーイングと政治への影響力行使」である。ミュラー氏が事案を有利にする角度から、3つの論点の重要度をランクづけするとすれば、(1)訴訟、(2)ロビーイングと政治への影響力行使、(3)広報、の順であろう。
1番目の訴訟についていえば、人種差別や女性差別から始まり、暴言、雑言の数々で悪評ふんぷんのトランプ氏は、まさにスキャンダルまみれと言っていい。それこそ無数の訴訟を抱え込んでいるのも同然。よくぞ、大統領になれたものだと思う。
皮肉にも、対立候補だったヒラリー・クリントン氏による私用メール問題をめぐって、ジェームズ・コミー前連邦捜査局(FBI)長官が、選挙戦終盤で再捜査に乗り出さなければ、トランプ氏の勝利はなかった可能性がある。その訴訟のエキスパートであるコミー氏が、トランプ氏によって解任されたのも、これまた皮肉といわざるをえない。
ミュラー氏がトランプ氏を弾劾へと追い込む戦法をとる際には、その攻め立てる内容はトランプ氏の人格にかかわることが大きな要素となる。陪審の心理をつかむのと同じ要領で、事案を有利に持ち込む論点として、十分に使えるポイントだ。多くの議員を味方にし、人々に与える印象づけとして有効だからだ。
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