生徒たちが自発的に次々と発言する中、松本教諭は最前列のある生徒に発言を促した。
「ジョン・フォン・ノイマンのゲーム理論によると、お互いに協調性が……」
その出だしだけで、教室中は大盛り上がり。拍手喝采が起こる。どうやらその生徒は、膨大な知識をもっている博物学者のようなキャラとして、クラスメートから一目置かれている存在であるようだ。
「おまえら、すごいすごい言うて、中身聞いてへんやろ!」
松本教諭がツッコミを入れる。
「教授、もういっぺんお願いします」
松本教諭が冗談交じりに頭を下げる。
「ノイマンのゲーム理論によると、お互いに協調性がないって心性を示すときに、お互いに利益がないことが多いので……」
「おおぅ。さすがやな」
松本教諭も思わず息をのむ。
人間は1人で生活しているのではない
「みんなが言うように、人間は1人で生活してるんじゃないもんな。『情けは人のためならず』いう言葉はどういうときに使うの?」
「情けは自分に返ってくる」
「そういうことやな。そういう意味なんやで。人に喜んでもらうことで、自分も喜べるというのが、やっぱり人間の特徴であるかなと思います。もう1つな、こんな話知ってるか? 天国にも地獄にも同じようにテーブルにごちそうがあるんだけど、そこにいる人たちは長〜い箸(はし)しか持っていないんだ。それも天国も地獄もいっしょの条件」
そこで例の2本の長い棒が登場する。自分の腕の長さより長い箸ではごちそうをつまんでも自分の口には運ぶことができない。地獄ではみんなが自分のことだけを考えるから誰もごちそうを食べられず争いに発展する。しかし天国ではお互いにごちそうを与え合うからみんなが満腹になり、お互いに感謝をして幸せな気持ちになれる。
「おまえらどっちがええ? おいしくて楽しいほうがええやろ。はい、時間が来たので、なんで蜘蛛の糸が切れたのかというのはまとめておいてください」
「名人芸」と言っても過言ではない、見事な授業だった。
生徒数人に「読書の時間って、どんな時間なの?」と尋ねてみると、「楽しみな時間です」「リラックスできる時間です」などの返事が返ってくる。
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