自分の「年収の増加率」を知っていますか? 「異色すぎるNHK経済番組」が問いかけたこと
大西:空港で初めてセドラチェクさんと対面したとき、身長190センチメートル近い大男が現われて圧倒されました。そこから1週間、毎日のように密着して取材して、夜は一緒に飲み歩いて……。
彼がルーツを持つチェコは、今の西洋の「中心」ではありませんが、歴史の荒波を生き抜いただけあって、独特の知の蓄積がある国だと感じます。さらに彼は、子どもの頃から海外経験が豊富。そういったルーツのせいか、とにかく発想が自由で既成概念にとらわれないし、気さくでフラット。コミュニケーションしていてとても楽しかったし、一言一言が刺激的でした。
安田:セドラチェクさんは、いわゆる主流派といわれる学者とはかなりスタイルが違います。でも、だからこそ話してみたいと思った。丸山さんのモチベーションとも共通しますが、僕も経済に対するもやもやした不安、教科書には書かれていない視点を知りたいというニーズを感じていたんです。
こうしたもやもやって、非主流派の本をたくさん読めば解決するわけではないんです。それはなぜか。20世紀最高の経済学者といわれるジョン・メイナード・ケインズが、なぜケインズ革命といわれるほど大きな変革をもたらしたのかご存じですか?
もちろん彼の学説の内容がすばらしく、それまでの主流派である古典派が言ってきたことを否定して、新しいコンセプトを打ち出したからですが、重要なのは、ケインズが当時、経済学の中心地であるケンブリッジ大学にいて、アルフレッド・マーシャルという経済学界のボスに師事していたことです。
マーシャルは、100年前のスティグリッツさんみたいな人だったんです。学術論文だけでなく代表的なベストセラー教科書を出版し、文字どおり経済学界の第一人者だった。そのボスの下で、非常に優秀な弟子として主流派の仕事をしていたケインズが、あえて180度見方を変えるものを書いたから、同業者の経済学者が飛びついたわけです。
僕は、セドラチェクさんのように鋭い直感に基づいて面白いことを言っている非主流派の人たちの言説を、誰か主流派の学者が酌み取って、同業者にわかる形で伝えていく必要があるのではないかと思っています。そうすれば、多くの主流派経済学者の意見が変わるのではないか、と。
――非主流派にはヒントがあり、それを広める主流派・現代のケインズとしての役割を安田先生が……。
安田:いやいや、そこまで言いませんけどね(笑)。でも宝の山かもしれないとは思います。僕の同業者、つまり新古典派で主流派の経済学者は、自分たちの書ける範囲で論文は書くけれど、外の世界には踏み出さない保守的な人が多い。だからこそ、あえて一歩外へと踏み出すことで、リターンが大きいかもしれないというささやかな欲望がありました。
異文化の衝突から見えてくる「経済」
丸山:社会学的な言説として分析することにももちろん意義はありますが、それだけでは、皆さんどうしても新鮮には聞いてくれないんですね。異文化の衝突と言いましたけれど、異質な論理を、緊張感を持ってちゃんと「問い」を立てるということが大切だなと思っています。
経済の外に踏み出しているように見える話が、実は、中心の命題にかかわってくる。経済学に限らず、さまざまな学問分野に垣間見えるパラドックスです。イデオロギーから抜け出すことによって、経済学という枠のなかでとらえ直すことができるのではないかな、と。
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