「失敗国家」北朝鮮には、対話と交流が必要だ 「粛清の王朝・北朝鮮」著者の羅鍾一氏に聞く

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――1998年に発足した韓国の金大中政権は、北朝鮮向けに「太陽政策」を推進しました。北朝鮮に経済的恩恵を与えながら市場経済化し、北朝鮮との融和を図るというものでしたが、これは北朝鮮の体制にどのような影響を与えるか、当時の金正日総書記は認識していたのでしょうか。

:それはわかっていたと思います。太陽政策を北朝鮮から見ると、資本主義、自由主義的要素を、北朝鮮に送り込むということです。北朝鮮としては、むしろこの政策の流入を防ぐべきものだったのに、金総書記は受け入れたのですから。

――本書ではこのときの金総書記の考えを「短期的な経済利益と中長期的な軍事・政治的なものであり、金大中の戦略よりもはるかに複雑なものだった」と指摘されています。

:金総書記は、南の政策を受け入れながら「わが民族同士」による統一へ進むことができる、と考えたようです。それは、南北が交流しながら、韓国内の反米勢力を北朝鮮寄りに変化・育成できると考えたこと。そして、経済的利益を受けながら、それを軍事力向上へ役立てられると考えたと判断できます。

太陽政策によって、北朝鮮の変化を誘導させることは、難しかったと思います。やはり北朝鮮は、南は対立する相手であるという考え方を変えず、しかもそのような考えは末端まで浸透していました。それは2008年7月に発生した金剛山観光客射殺事件を見てもわかります。たんなる観光客、しかも射殺された韓国人被害者が足を踏み入れた場所は、統制もされていない場所でした。

経済・核の「並進路線」の限界はどこか

とはいえ、不都合な場所に踏み入れた人に対していきなり射殺することが、ほかの国ではありえるでしょうか。通常であれば呼びかけをし、ひどくても拘束するところで終わります。ところが北朝鮮兵士は観光客に呼び掛けることもなく、いきなり銃を発砲し、しかも死体には確認射殺まで行った。南と言えども敵は敵であり、侵略者だという考えは、今でも消えていないでしょう。

――今、北朝鮮では、経済成長が続いています。ただ、本書の中で、「張成沢のように政治に比重を置き、所信とビジョンを持って経済改革を推進できる人物が、ほかにはいない」と指摘されています。

:信頼ある人物からそのように聞きましたが、それでも北朝鮮は経済改革を推進していくとは思います。経済改革を進めるうえで重要なのは、いわば核と経済をともに推進させるという「並進路線」(「経済建設と核武力建設の併進路線」)の限界がどのあたりにあるか、ということでしょう。そこには、われわれが考える経済改革は北朝鮮においては不可能、という原則を知っておくべきかもしれません。

核開発をなぜするのか。それは貧しいからするのです。改革・開放が進み経済力が上がっていけば、こんなことはできません。平壌を中心に消費ブームも置き、市民たちの経済力も上がっていることは知っていますが、平壌市の規模を縮小して、経済繁栄が可能な権力層を減らしている、という話もあります。

――北朝鮮に対する経済制裁について、北朝鮮の隣国である中国がもっと役割を果たすべきという声が高まっています。貿易など経済面で強い影響力を持つ中国ですが、北朝鮮からみると関係は複雑なようですね。

:2006年に最初の核実験に成功したとき、金正日総書記は「やっとこれからは、中国の干渉を受けなくてすむ」「中国と親密な関係を保ちながらも、中国の大国主義を徹底して警戒しなければならない」「アメリカの10倍、中国がもっと危険だ」と、話したことがあります。中国に依存しながらも、北朝鮮は「反中」を続けてきたのは事実です。

韓国にも反米感情があるように、関係が深まれば深まるほど、反発も生じます。「大国主義」と言えば、北朝鮮では批判の対象ですが、「大国主義」=中国です。核実験後の金総書記の言葉でも、時代をさかのぼって朝鮮戦争のときでも、中国は義勇軍を派遣してともに戦った仲でしたが、それでも多くの反発があった。中国がどう見ているのかも、きちんと考えたほうがいいでしょう。

福田 恵介 東洋経済 解説部コラムニスト

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ふくだ けいすけ / Keisuke Fukuda

1968年長崎県生まれ。神戸市外国語大学外国語学部ロシア学科卒。毎日新聞記者を経て、1992年東洋経済新報社入社。1999年から1年間、韓国・延世大学留学。著書に『図解 金正日と北朝鮮問題』(東洋経済新報社)、訳書に『朝鮮半島のいちばん長い日』『サムスン電子』『サムスンCEO』『李健煕(イ・ゴンヒ)―サムスンの孤独な帝王』『アン・チョルス 経営の原則』(すべて、東洋経済新報社)など。

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