農業の「外国人就労特区」法案に潜む重大問題 日本の移民政策の転換点になる可能性がある
法案の条文を見ても、「農業に関する知識経験その他の事項について農業支援活動に従事するために必要なものとして政令で定める要件を満たす外国人」と「農業に関する知識経験」に触れてはいるが、実質的に単純就労者を対象にしていることは否めない。
だが、実は所管官庁の法務、厚生労働、農林水産の各省は、昨年9月までは国家戦略特区ワーキンググループでのヒアリングで、いずれも一貫して消極姿勢を示していたのだ。これまでの外国人政策と整合しないおそれがあることや、外国人の不法就労者は農業分野が最も多いことなどが理由だった。
それが一転したのは昨年10月。竹中平蔵氏や八田達夫氏などの民間有識者議員から、「度重なる議論にもかかわらず、法務省の担当者などの対応が遅く、進捗が芳しくない」などと、文書でプレッシャーをかけられたことで、やらざるをえなくなった、という経緯がある。
今回、特区で受け入れる農業人材は、技能実習の修了者などが想定されている。技能実習は、日本の技術の海外への移転による国際貢献を目的とするものだから、技能実習修了後は、母国でそれを生かした活動をしてもらうことが大前提だ。
政府は「実習修了後にいったんは母国に帰国してもらう」としながらも、帰国後にどの程度の期間で再来日が可能になるかは「一律に定めることはしない」と答弁している。しかも特区での在留期間は、「通算で3年から5年」を予定しているという。
移民政策の一種ともいえる法案の内実
この「通算」という考え方がポイントだ。たとえば、ある外国人就労者が毎年、農繁期の6カ月間に来日するとすれば、足かけ6年から10年間、特区に在留できることになる。今年の11月以降には技能実習期間が最大5年間となることと合わせると、実質的に単純就労分野において、足かけ11~15年間も在留を認めることになる。政府は、まずは特区で解禁するが、実施状況を確認しつつ全国展開も検討するとも答弁している。これは、もはや移民政策の一種だという評価も可能だろう。
ここまで、今回の国家戦略特区制度を使った外国人の農業就労について「実質的な単純就労者の受入れ」であると述べてきた。具体的には、どのようなメリットとデメリットが考えられるのだろうか。
まず、メリットには人手不足の解消が挙げられる。農業の現場では、特に農繁期の労働力の確保が求められているが、技能実習制度では認められない「繁忙期だけの農業従事」を実現できる。つまり、外国人の季節労働者の受入れが可能になるのだ。人手不足が解消すれば、農業が活性化し、食料自給率の維持や向上につながる可能性がある。食料確保は国家の基本政策だから、対策自体は必要であることは間違いない。
デメリットには何があるか。まず、日本人の就農にマイナスの影響を与えるおそれがある。日本の若者の「農業離れ」という問題に対して、外国人単純就労者の受入れによって解決を図ることは、国内農業の新陳代謝を遅らせ、高付加価値産業への転換が遅れる要因にもなる。技術革新や構造改革が遅れれば、やがて日本の農業は弱体化する。情報通信技術(ICT)やロボットを活用し、限られた人数で高い生産性を実現する「新しい農業」へのシフトを急ぐべきとの見解もある。
また、制度設計が粗雑だと、失踪者などによる周辺地域の治安悪化のおそれがある。ただでさえ、外国人不法就労者は、農業が最も多い現状である。法務省によると、2016年上半期に入管法違反で退去強制手続きをとった外国人は6924人だった。このうち不法就労が確認されたのは4711人で、業種別で最多の約22%に当たる1070人が農業に従事していた。この点は懸念されるところだ。
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