解任されたのは、特別検察官のアーチボルド・コックス氏。その解任をニクソン氏に命令され、拒否して辞任したのは、司法長官のエリオット・リチャードソン氏と副長官のウィリアム・ラッケルズハウス氏の2人だった。
この「解任・辞任劇」では、リチャードソン司法長官の辞任がウォーターゲート事件の流れを、ニクソン氏不利に一気に変えたとしてアメリカ史に残る。
リチャードソン家といえば、アメリカの伝統を体現するボストンで、ケネディ家に勝るとも劣らない名家である。その名家出身のリチャードソン氏は、ニクソン政権下で司法長官の前は保険教育福祉長官、国防長官、その後のジェラルド・フォード政権下で商務長官と、アメリカ史上、唯一最多の4閣僚ポストを歴任した。
リチャードソン氏は、司法長官に就任する前の上院公聴会で、特別検察官の解任をしないと約束していた。ニクソン大統領が「自己論理を貫徹するために、公共の利益を犠牲にして、私の特別検察官解任命令を拒み、司法長官を辞職するつもりか」と詰め寄ったとき、リチャードソン司法長官は、「私は個人の利益でなく、公共の利益を優先して辞職するのです」と静かに答えた。
この辞任劇には、共和党・民主党の枠を超えて、全米から嵐のような称賛の大歓声が沸き起こった。日本の古典好きの筆者には、『平家物語』の一場面を思い起こさせる。リチャードソン氏をたたえるさまは、まさに源平合戦の屋島の浦で、那須与一が見事に扇の的を射たとき、平氏も源氏も、船縁(ふなべり)や箙(えびら=矢を入れて背負う道具)をたたいて褒めそやした、どよめきにも似た感動を覚える。
コミー証言より恐ろしい選挙中の「ロシアゲート」疑惑
ウォーターゲート事件を先例とし、バランスのとれた判断をするミュラー特別検察官は、コミー証言をどう判断するのか。クリーンハンドでないコミー氏は、そもそも法律家としてリチャードソン氏に匹敵する「格」に及ばない。全米的は評判の高さも人気もない。
大統領選に敗れたヒラリー・クリントン氏に至っては、コミー氏のせいで敗れたと糾弾する発言を、いまだに繰り返している。先例重視から判断するかぎり、トランプ大統領が弾劾から逃れられる可能性はまだあるように思える。
決して楽観はできない。トランプ氏の娘婿のジャレッド・クシュナー氏が「ロシアゲート」疑惑で、突然、厳しい状況に置かれている。ミュラー特別検察官はクシュナー氏も捜査ターゲットにしつつあると、米メディアで報じられている。
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