高円寺には古い木造アパートや商店が多い。すると、必然的に鉄製のさびた階段も多い。しかもそれらの階段が、さびて、崩れて、いい味を出していたり、狭い敷地に収めるために勾配が急だったり、幅がはしごのように狭かったり、曲がっていたりしていて、その姿に胸がきゅんとしてしまったのだ。思わず笑ってしまうようなものも多い。
本を一緒に作っていた当時アラサーの建築女子2人もすっかり階段にはまってしまった。高円寺だけでいったい何百枚の階段写真を撮影したかわからない。
こうして私は、高円寺に限らず、いろいろな街に行くたびに階段の写真を撮影し続けた。私の街研究の対象は、郊外ニュータウンもあれば高級住宅地もあるが、階段に関して言えば面白いのはやはり下町である。
北千住などの下町には今でも豊富な階段事例があるし、山の手でも中央線沿線から、池袋、板橋などの木造賃貸住宅密集地帯にはたくさんの「いい階段」がある。ついでに言えば「いい階段」のある街にはしばしば「いい物干し場」がまだたくさん残っているのだ。
「いい階段」は高円寺南口にある
さて、階段女子との散歩の話に戻ろう。私たちは、まず高円寺の南口を一回りした。「いい階段」が多いのは、南口の高円寺南3丁目界隈だろう。エトアール通りとか桃園川暗渠あたりである。木造アパートの外階段だけでなく、アパートの内部に階段が埋め込まれるように設置されているものもあり、それもまた非常に面白い。
また高円寺には私道だか抜け道だかわからないような狭い路地もあり、その路地を抜けるのも楽しい。狭い路地にもお目当ての階段がちゃんとある。「いいですねえ」と言いながら早速彼女は階段を裏側から撮影した。
次に向かったのは中野。ブロードウェイを抜けた北側に新井薬師への参道があり、その途中に旧三業地(料理屋・芸者置屋・待合の営業が許可されていた区域のこと)がある。その三業地の周りには「いい階段」が多いのだ。中には木製の外階段もある。これも階段というより斜めに据え付けられたはしごというほうが正しいか。急な階段も多い。昔の日本人はみんな元気でこういう急階段を上ったり下りたりしながら生活していたのだなと思うと、また一段と感慨深い。
彼女は、階段に限らず古い建物自体も好きなようで、なかば廃墟と化した建物を見つけては写真を撮りまくった。そういう廃墟化した建物にはしばしばタイル貼りの洗面台などが残っており、それも彼女の興味をそそる。本連載で紹介した「遊郭女子」(20代女性が吉原「遊郭専門書店」に集う理由)など古い建物が好きな人はたいがいタイル好きでもある。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら