マリーヌ・ルペンが支持を伸ばした真の理由

父ジャンマリーを追放した効果は大きかった

1987年、マリーヌ候補にとって「父ルペンがルペンになった日」といわれる事件が発生した。ホロコーストは存在しなかったと述べた学者についてのインタビューを受けた時のことだ。「ホロコーストを否定する学者に同意しますか」と聞かれて、ジャンマリー氏はこう答えた。「ガス室が存在しなかったとは言いません。(ガス室を)目にしたことは一度もありません。この問題について詳しく研究をしたことはありませんが、第2次世界大戦の歴史の中の瑣末なことだと思っています」。

ホロコーストを軽んじたこうした表現は国民戦線が反ユダヤ主義であると主張する国民戦線の批判者には格好のネタとなった。その後もジャンマリー氏は差別的表現を発し、15回以上、有罪判決を受けている。

2015年4月、ジャンマリー氏はラジオのインタビューでまたも同様の発言をしてしまった。これによって、実父を組織から追い出すという苦渋の選択をせざるを得なくなった。

2002年の決選投票ではシラクに大敗

2002年の大統領選挙では、ジャンマリー氏は決選投票までこぎつけたものの、排外主義、人種差別の人物を大統領にしてはいけないと有権者による危機バネが働き、決選投票ではジャック・シラク候補が82.21%、ジャンマリー候補が17.79%と大きな差がついた。

父親が持つ強烈なイメージをいかに国民戦線から切り離すかがマリーヌ・ルペン候補の課題となった。党内では人種差別的発言を禁じ、ユダヤ人住民との関係を改善するように努めた。市中でお祈りをするイスラム教徒の姿は「ナチスに占領されていた時のフランスのようだ」とかつて言ったことがあるルペン候補だが、今では「イスラム教がフランスの民主主義となじまないとは思わない」と述べるようになった。

ソフトな姿勢を表に出す国民戦線の追い風になったのは2008年前後の世界金融危機の影響を受けての経済の失速や、近年のパリやブリュッセルなどでのイスラム・テロだ。フランス語よりも英語が国際語として広く使われるようになって、久しい。生活、雇用、文化面での不安感が「頼もしい働く女性、そして母親」であるルペン候補が率いる国民戦線への支持につながっていった。

欧州の統合運動の要となるドイツとフランスだが、EUの官僚機構への不信感は英国民よりも実はフランス国民の間で高いと言われている。昔から反EUだった国民戦線だが、国民の気持ちが国民戦線の政策に近づいてきたという要因もあった。

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