37歳の聡美もまったく同じ気持ちだった。出産することを視野に入れたら、一刻も早く結婚がしたい。3回目のデートで、「結婚を前提にお付き合いしてください」と言われ、そこからは、結婚に向けての具体的な話がスルスルと進んでいった。
交際がスタートして3カ月が経った年末のこと、健治が聡美の家にあいさつにやってきた。テーブルを挟み、両親を前に神妙な面持ちで言った。
「聡美さんとは、結婚を考えて真剣にお付き合いさせていただいています」
「娘のことをよろしくお願いします」
父も母も深々と頭を下げた。
年が明けてお正月。毎年恒例の親戚一同が集まる場があり、聡美はそこに健治を連れていった。
「ほう、聡美ちゃんの婚約者か」
「いい人そうで、よかったねぇ」
「幸せになるんだよ」
親戚の人たちみんながお祝いしてくれたのが、うれしかった。
結婚式に向けての準備も着々と進められていった。3月末にハワイで挙式することになり、海外挙式を仲介してくれる代理店に前金として8万円を払い込んだ。「和装も写真だけは撮ろう」ということになり、写真館で聡美は打掛け、健治は紋付姿の写真を撮った。写真撮影には10万円かかった。結婚指輪も買いに行った。裏側に名前を彫りサイズ直しをしてもらうには10日ほど時間がかかるというので、内金3万円を入れた。
これらのおカネは、すべて聡美がカードで払った。「会社の労金に積み立てがあるから、それを下ろして後でまとめて払うよ。会社から労金まで距離があるから、なかなか行けなくてごめんな」という健治の言葉を受けてのものだった。
なぜか健治の近親者に会えない
結婚に向けて準備が着々と進んでいく中で、気にかかることもあった。聡美は、両親、親戚、仲のいい友達に健治を会わせているのだが、健治の近親者には誰ひとりとして会っていない。お正月に初めて健治の家を訪れたときも、一緒に住んでいるという妹は、「彼氏の家に行っている」といって不在だった。
「この間、妹さんにお会いできなかったから、近いうちに会いたいな。あと、親戚の人にも会わせてもらえないかな。私の親が、『親御さんが亡くなっているなら、親代わりになる親戚の人を交えて両家のあいさつを正式にしたい』って言ってるの」
「わかった。考えておくよ。そうだ、今週末は、親父とおふくろの墓参りに行くか?」
その週末、健治の父母の墓参りに行った。「聡美です。今度、健治さんのお嫁さんになります。健治さんをずっと大切にしていきます。よろしくお願いします」。心の中でこう言って、手を合わせた。ここまではまだ、結婚への道は順調だと思われた。
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