しかし、事態は急変した。2月に入って間もなくのこと、健治からLINEが来た。「聡美、ごめん。3月末まで仕事が立て込んでしまったから、3月末の挙式を5月に延期したいんだけれど」。驚いて、すぐに電話をした。
「メール読んだけど、そんな勝手なことを今になって言わないでよ」
「仕事なんだから、しかたがないだろ」
「結婚式は私たちだけの問題じゃないよ。こっちは両親も親戚もそのつもりで、みんなそこを予定してスケジュールを空けてたんだから」
「急に決まった仕事なんだよ」
「会社には3月の末に結婚式をするって言ってなかったの?」
「はあ?」
「健ちゃんのせいで、みんなに迷惑かかるんだよっ!」
こう言ったとたん、健治はドスのきいた声でまくしたてた。「俺たちの結婚だろうがっ! 親だの親戚だの関係ないだろ!! お前はそういう性格してるから、その年になっても結婚できねぇんだよ。延期といったら延期なんだよ」。
一方的に電話を切られた。健治がこんなふうにキレたのは、初めてのことだった。怖くて体が震えた。
その日を境に、メールもそっけなくなり、電話で話せばけんかになり、健治の暴言もひどくなっていった。
「そんな性格してたら、そのうち友達がいなくなるぞ、ボケ」
「お前、これまで俺以外の男と、結婚の約束もしないうちから簡単に寝てきたんだろ、このアバズレ女が」
「俺に向かって偉そうに指図するんじゃねぇ、バカ」
日に日に結婚することに疑問を感じるようになった聡美は、ある夜、母親にこれまでの経緯を話した。さすがに暴言の細部までは言えなかったが、話しているうちに涙がボロボロとこぼれてきた。そんな聡美をなだめるように母が言った。
「これがラストチャンスかもしれない」
「健治さんも今仕事が忙しくてイライラしてるんじゃないの? お正月には親戚の人にもお披露目しちゃったし、着物の写真も撮ったんだから、もう少し我慢して頑張ってみたら。聡美は37歳なんだから、これがラストチャンスかもしれないよ」
“ラストチャンス”という言葉が、胸に突き刺さった。37歳とは、そういう年齢なのだろうか。
ある夜、電話で健治と言い合いをしていると、母親が聡美の部屋に入ってきて「お母さんに電話を代わって」とスマホを取り上げた。
「健治さん、聡美の母です。聡美にも至らないところはたくさんあると思うんですよ。ここのところずっともめているみたいですね。これから結婚をどうするか、ちゃんと話し合いをしませんか?」
その週末、健治が菓子折りを持って、聡美の家にやってきた。父と母を目の前に正座をし、言った。「自分も短気なところがあるんで、聡美さんを悲しませるようなことをしてすいませんでした。ちゃんと結婚をするんで安心してください」。
結局、3月末に開催される予定だった結婚式は、5月の末に延期された。
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