抗がん剤の毒性による副作用が起きないのは、高分子ミセルががん細胞だけを狙い撃ちするから。高分子ミセルに包まない従来の方法では、がん細胞も正常細胞も無差別攻撃していたため、嘔吐や脱毛などの激しい副作用が起きていた。
また、「薬剤耐性」といって、抗がん剤を何度も使うとがん細胞が解毒タンパク質を作り、薬が効かなくなってしまうという問題がある。片岡教授の言葉を借りれば、「兵隊(抗がん剤)がワーッと押し寄せても、入ってくるそばからみんな殺されてしまう。だから王様のいる本丸(がん細胞の核)はまったく平気」という状況だ。核を攻撃できないかぎり、がん細胞は殺せない。
しかし、高分子ミセルは「トロイの木馬」。がん細胞に入った後、「本丸の近くまで木馬で近づく。酸性度が高い本丸の周辺で木馬の扉がバッと開き、兵隊が城の天守閣になだれ込む」という巧妙な仕組みで、がん細胞を討伐する。
片岡教授は、高分子ミセルを使った脳腫瘍の治療法も研究している。脳の血管には、アミノ酸を特定の配列でつなげた分子バーコードがないと入れないのだが、そのバーコードを高分子ミセルにつけて、腫瘍の中に侵入させる。小児マヒのウイルスが血管から脳に入れる仕組みにヒントを得たものだ。
さらには、タンパク質合成の元になるメッセンジャーRNAを高分子ミセルに運ばせて脳などに送り届け、将来的にはアルツハイマー病の治療や再生医療への応用を目指している。「今、がんはだんだん治せるようになってきているのです。アルツハイマー病の治療はネクストゴールです」
キワモノ扱い……でもいい予感がする!
卒業研究で有機合成化学、大学院の修士課程で重合反応機構(高分子ができていくときの反応機構)と伝統的なテーマを研究してきた片岡教授が、工学と医学の融合領域に出会ったのは博士課程に進むとき。
「僕が自分で決めたんじゃなくて、指導教員に勧められました。重合反応機構で世界最高峰だった先生が、『バイオマテリアル(医用高分子)をやりなさい』と言ったんです。てっきり重合反応機構をやることになるだろうと思っていたので、びっくりしました。
『重合反応機構をやっていても、もちろん博士号は取れます。ただこの分野はもう出来上がってきている。あなたの才能を伸ばすには、まだよくわかっていない分野でやったほうがきっと将来いいよ』と。
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